第22話 音坂 響と手紙と約束
翌日、響と星野さんはいつものベンチに腰掛けて二通の手紙を囲んでいた。
二通である。
一通はもちろん、昨日響の下駄箱に入っていた、ものものしい雰囲気を醸し出している『果たし状』と荒々しく筆で書かれた手紙だ。
もう一通はそれとは正反対のどこかふわふわした雰囲気を醸し出している『音坂君へ』と丸文字で宛名の書かれた淡いピンク色の手紙でハートのシールで封がされている。この手紙は今朝響が登校した時に果たし状の上から下駄箱に入れられていた。
「音坂君、これはいったい・・・?」
「わからない・・・、果たし状の方は昨日の帰りに下駄箱にはいってて、もう一通の方は今朝学校に来たら下駄箱に入っていたんだ」
「果たし状に、もう一通は・・・ラブレターでしょうか?」
星野さんは、もう一通の方の手紙を手に取って観察し始めた。
確かに、一見すればラブレターにも見えなくはない。そして内容もラブレターと言えなくもなかった。
しかし。
「中、見てみて」
「いいんですか?」
「うん」
すこし躊躇いながらも手紙の封を開いて目を通し始めた。
「あの、普通にラブレターではないんですか?」
「そうだね、この手紙だけを見ればラブレターだと思うだろうね」
この手紙は『今日の放課後、体育館裏で待ってます』という内容でなんの先入観もなくこの手紙を見ていれば間違いなくラブレターであると認識していただろう。
しかし、昨日の果たし状のお陰で響は『手紙』に警戒心を抱いていた。
「こっちも見てもらっていい?」
「果たし状ですか、はい、・・・これは・・・なるほどですね」
「お分かりいただけたかな」
果たし状の内容は『体育館裏で待つ』である。
「これ、もしかしてなくても私絡みですよね・・・」
「どうかな、少なくとも普段の俺なら人から恨みを買うようなことは無いと思うけど、関わらないから」
「昨日の今日の出来事ですから、まず間違いなく私のせいでしょうね・・・」
「まあ、否定はできないかなあ」
申し訳なさそうに二通の手紙を見比べる星野さん。
星野さんと関わると決めた時からある程度覚悟はしていたが、こんな狡猾な真似をしてくるやつがいるとは末恐ろしい。
「どうするともりですか?」
「うーん、どうすると言われても、ガン無視するつもりだけど」
「それもいいかもしれませんが、お相手がそう簡単に諦めるでしょうか?そのうち強硬策に出ないとも限りませんよ」
「それなぁ、まあその時はその時だね、自ら面倒に関わろうとは思わないかな」
「今回のことは完全に私に責任があるので、何かあったら相談してくださいね!お力になれるかはわかりませんが・・・」
「頼りにしてるよ」
こうは言ったが屈強の男子生徒たちに襲われる可能性があるというのに星野さんを巻き込むのは気が引けるし、最悪響が襲われたとしても正直言ってどうとでもなる。逃げ足には自信があるから。
今回のことで星野さんはひどく落ち込んでしまっているようだ。無理もない、彼女にとってようやくできた友達なのに、自分が原因でこんな面倒ごとを起こしてしまったのだから。
しかし響としてはそんなに気にしなくてもいいのにな、というのが本音である。こうなってしまったことの原因が星野さんにあるのは確かではあるのだが、そのことを気に病んで落ち込んでいる星野さんは見るに堪えない。できれば星野さんには笑っていてほしいと思う。
なぜそう思うのかはわからないが、多分庇護欲と言うのか、親心と言うのか、放っておけないような気がしてならなかった。
「まあそんなつまらないことは良いんだよ、それよりさ昨日の配信見たよ」
「!、わ、私も見ました!」
何とかこの空気を換えようと、昨日の自分自身の配信を”見た”というホラを話題にする。すると想像以上の食いつきで、先ほどまで曇っていた星野さんの表情はぱあっと晴れた。
「あのゲームやったことあるから楽しく見れたよ」
「音坂君はゲームやられてるんですね!」
一応”見た”というていで行くからには大まかな設定のようなものは付けておかねばならないが、ふとしたことでボロが出てしまうかもしれないので、あくまで響という人物については偽らず、キョウ本人だという事を抹消した”星野さんから見た響”を演じることにする。
「そりゃもう、友達のいない男の子のやることなんてゲームくらいなもんだからね」
「そ、そうなんですね・・・、私ゲームの事とかはあまり詳しくないので正直配信を見ても正直分からなくて・・・」
「確かにゲームしない人がゲーム実況なんて見てもなんのこっちゃって感じだよな」
「そうなんです、でもキョウ君が楽しそうにしてるのを見るのは凄く好きなんです!話にはついていけないですけど・・・」
なんかゲーマーな彼氏を持った尽くすタイプの彼女みたいなこと言っているな。星野さんはきっと尽くすタイプだろうな。知らんけど。
「やってみようとか思わなかったの?」
「もちろん思いましたよ?でも今までそういうものに触れたこともなかったので何もわからなくて・・・、とりあえず民天堂のゲーム機を買ってみたのですが、使い方が分からなくて・・・買ってから一度も使ってないんですよ」
「それは何というか、もったいないね」
「うう・・・、っあ、そうだ!」
少し落ち込んだ後、ひらめいた!と言わんばかりに顔をきらきらと輝かせて響に視線を送った。
「私にゲームのやり方を教えてください!」
まあ、この話題になった時点でなんとなく言われるような気はしていた。別に断るようなことでもないし快諾しよう。
「もちろん、構わないよ」
「本当ですか!嬉しいです!では今週の土曜日とかお暇じゃないですか?」
「土日はバイトがあるからなぁ、夕方からなら暇だよ」
「では土曜日の夕方から!私の家でいいですか?」
・・・?家?なんで?
「なんで星野さんの家に・・・?」
「ゲームを教えてくださるんですよね?ゲーム機は私の家にありますから!」
「な、なるほど」
しまった、完全に失念していた。てっきり通話とかテキストチャットとかで教えるものだと思っていた。ゲーマーである響にとってわざわざ人の家に赴いてゲームをするなんて発想なんてなかったが、星野さんからすれば家でゲームを教えてくれと誘ったつもりだったのか。
それにして、本当に距離感がバグっている。まだ関わり出して三日の男友達を一人暮らしの家に招待するなんて、普通に考えられない。
「ダメ・・・でしょうか」
響が渋い反応したのを見て少し落ち込んだような様子を見せる星野さん。
やれやれ、星野さんのバグった距離感は広い心で受け止める、そう決めたのだからしょうがない。それに友達同士が家で遊ぶだけだ。星野さんにとって友達に男も女もないのだろう。そこに変な考えを持ち込む方が失礼だ。
「いや、構わないよ、土曜日の夕方ね」
「!ありがとうございます!私、友達を家に招待したのは初めてです!」
初めて、という単語にグッときつつも、星野さんの満面の笑みに響のくだらない考えは霧散した。
「では、私の家の住所、チャットで送ってきますね!絶対来てください!約束ですよ!」
「うん、わかったよ、約束だ」
そして、手紙のことも忘れてしまったのだった。
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