第8話 孤独なゴミの城

 それから数十秒ほど落下して、「ぼすん」と緩やかな衝撃と共に底へ着地する。

 辺りは真っ暗な闇に包まれていて、少し離れたところにゴミが積み上がっている。

 そこをよく見ると、その中に魔王が体育座りをして埋もれていた。

 マットレスから起き上がり、魔王の前まで駆けていく。

「……何故来たのだ」

「話をしにきたんだよ」

 俺はもっと肝心なことに気が付くべきだった。

 ゴミを捨てない魔王をズボラだと決め付けて罵るばかりで、魔王がこうも無気力になった理由を考えられていなかった。

「話すことなどない」

 そう呟いてそっぽを向く魔王は、拗ねているというより諦観しているようだった。

 事情を打ち明けたところで、俺に理解されないと思っているんだろう。

「じゃあ俺の話を聞いてくれよ」

 俺の頼みに魔王は何も答えない。

 それを肯定と捉えて、俺は自語りを始めた。

「俺さ、なんでお前の世話を焼いていたのか分かった気がするんだ」

「……なんだ」

「勇者でいたかったからだ」

 お前は勇者だろう、と言いたげに魔王が俺を見上げてくる。

「お前と平和条約を結んで国に帰ってからさ、ずっとむなしかったんだ。勇者になるために生涯を捧げてきたから、何をすればいいのか分からなかった」

 目を瞑れば、すぐにあの空虚な日々を思い出せる。

 国王から大量の報酬を貰ったが、何をする気も起きなかった。

 というより、何も思いつかなかった。

「魔王が人間に害を為さなければ、勇者はもう必要ない。そうして俺が生きる意味を失ったところで、お前の散らかしたゴミが魔物として暴れ始めた」

 そうして魔王城を清掃している間は、空しい時間を過ごさなくて済む。

「お前の面倒を見ている間は、生きている意味を見出せていたんだ。さっきお前が消えて『二度と会えない』と思った時、怖くて仕方がなかった」

「我もだ」

 今度は魔王の方が語り始める。

「我は長らく――百年もの間、人間を支配するためだけに生きていた。それが『魔王』に生まれた者の定めだったからだ」

 しばらく続きそうだと思い、俺は魔王の隣に座る。

「だが人間の魂を取り込んで人間の知恵を得ていくにつれて、ある思考が生まれた」

「どんな思考なんだ?」

「このまま人間を屠り続けることに、何の意味があるのかと」

 魔王は虚ろな眼差しで宙を見上げる。

 遥か高い天井には、この空間の唯一の出入り口であろう穴がぽっかりと開いていた。

「だから終戦を受け入れることにした。だが、我はもう魔物として生きるには遅かった。人間に染まり過ぎていたのだ」

 それを聞いて、魔王のゴミの中に人間の発明品が多かったことに納得がいった。

 単に便利さにかまけていたのではなく、人間の文化に馴染んでいたのだ。

「我はもう、魔物を生み出して率いる気はない。だがそうなれば、我は何のために生きておる?」

 魔王は頭を抱えると上半身を折り、巨躯を縮こませる。

「何も分からぬのだ。何をしても、しなくとも、意味がないように思う。我は、我は——」

「もういい、これ以上言うな」

 俺は魔王の言葉を遮ると、背中に腕を回してゆっくりと摩る。

 魔王も俺と同じように、自分の存在意義についてずっと悩んでいたんだ。

 そして積もりに積もった魔王城のゴミは苦悩の蓄積だ。

「お前も辛かったんだよな、ずっと孤独で」

 魔王が頷くと、膝上に大粒の雫が零れ落ちる。

 そして涙交じりの震え声で、懸命に孤独を伝え始めた。

「イッソが我の城を掃除しに来るたび、情けなく思いながらも嬉しかったのだ! 勇者のお前が来れば、我は魔王として振る舞える。随分昔の、あの頃のように……」

「……うん」

「我が城をゴミまみれにした理由は、『こうしていればお前が来てくれる』という甘い考えがあったからだ。そうに違いない」

 魔王はそう結論付けると「浅慮な我は、やはりゴミに相応しい」と言い切る。

 だが、俺はそうは思わなかった。

「でもさ、これで分かっただろ。ゴミは必ずしも悪じゃないって」

「そうなのか……?」

「ゴミ屋敷は魔王にとって心の救難信号だったし、俺にとっては生き甲斐でもあった。ゴミも、捉え方次第では必要なものだったんじゃないのか?」

 こんな考えは、他人から見れば恐らくこじつけに思えるだろう。

 だけど自分の存在意義に俺たちにとっては、心が救われるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る