1012//楽しがれ

「リンネは大丈夫かなー」

ユキがポツリと。


そうだ。来れなかったリンネ。

リンネはどうなってる?

イチヲがビデオ通話する。


「なあなあ、どんな感じ?」

『ちょっマジなにしてんの? いま無理だし』

割と顔色の悪いリンネがドアップで映りすぐ切られる。


◀さあ、リンネサイドだ▶


「え? 誰? よくその電話出れたね。話してんのにスマホ弄るとか」

その声にとっさにスマホをぶん投げるリンネ。

1ルームにデカデカと置かれたベッドに飛んでいく。


場所はリンネの家。声の主は、姐さん――アヤカ。


「いやなんかビデオ通話だったもんでつい」

「言い訳になってなーーい! スマホを弄るなって言ってんの」

とげとげした言葉が飛ぶ。


「うゆ~~」

「うゆ~~じゃない! そこはすみません、でしょ!」

「すんまへん」

「リンネ……ふざけてる?」

と、アヤカ姐さんが睨む。


背中の中程まであるサラリとした黒いロングヘア。ツヤツヤだ。

キリリとした目元にまゆ毛。穴筋も通っていてぷっくりしたくちびるが印象的な、どこをとっても美形。色白だし。

なんだか質素でベッド以外特に家具がないリンネの部屋に似つかわしくない雰囲気。


「リンネ。アンタの直すべきところを10個挙げるわ」

「じゅっ……多いわー」

「まず髪色をコロコロ変えすぎだし今はブラウンで落ち着いてるけどいっつも銀髪からホワイト、パープル、レッド、レインボーと……何事? どうゆう情緒? いやいいのよ、嬢じゃなければ。

これから言葉遣い。少々フランクを通り越して地元のツレか?

それからアンタは背も高いしスタイルはいいけど威圧的なのよ、雰囲気が。

歩き方もダメ。スケボーが趣味ないいけど、脚に青あざ作りすぎ。蚊に刺されすぎ。

メイクもちゃんとしないし。

お酒は必要以上に飲むし。あとまったく相手の連絡先聞かないし。

自分のモノをそこら中にポンポン置きすぎ。

酔っ払い過ぎ。トイレで吐きすぎ。

あとね、色々ケンカ売りすぎだしー。

何と言っても無断欠勤とか有り得ないからね、それに連絡しても出ないとか既読無視とか」


「ちょちょちょ待って。多い多い、もう10個超えてるから」

「はあ? まだあるし。もう10個じゃやっぱり収まらないわね」

「姐さん。こうゆう場合はせめて5つとかに絞ってスバっと言うとか3つと言っといて4個あるんかーい! みたいなボケにするとか」


「だからそうゆうところよリンネ」

「姐さん。まずね、アレですよ、アレ。

前提としてね、それはキャバ嬢としてというところで言うてるじゃないっすかー?

そもそも私はキャバ嬢は小遣い稼でー、もうぶっちゃけたら予定もなくボーっといるだけで時給発生してそれでいいんすよー」

リンネは面倒くさそうに頭を搔く。

目の前のハイボウル缶に手を伸ばした。


「違う!!」

姐さんがテーブルをドンと叩きハイボウルを持つリンネの手を強く掴んだ。


「アンタはわたしの後継者になるのよ!」

なにか姐さんが言い出したぞとリンネは仰け反りモモコの顔に目をやった。

モモコは顔を逸らす。



「姐さん何言ってんすかー? 私が後継者? いやいや天と地ほど違うしっ。有り得ない有り得ない。ねえモモコ」

まだ顔を逸らすモモコにあえて助けを求める。



「ね? モモコ。アンタもそう思うでしょ?」

「え!?」

急な振りにモモコが固まる。


「あっいや、ええっと……はい! もちろん!」

あまりにも強いアヤカ姐さんの目ヂカラに思わず頷くモモコ。


「おいおいおーい! モモ! ちゃうちゃうー! 絶対思ってないっしょーーっ!」

リンネちょっと呆れつつ。


――そう。有り得ない。

アヤカ姐さんは、誰もが認めるレジェンド級だ。

お店のナンバー争いに参戦なんかしないがその気になれば常勝ナンバー1であることは間違いない。

太客含め多くの指名客を持つしバースデーイベントなんて一晩で何千万も売り上げる。

それなのに、お客さんに多くの負担はかけたくないと、自分にお金を使わせる行為をあえて拒む。それがまた奥ゆかしいとかで人気もでる。

だいたい街を歩けば顔を指すし実際並のインフルエンサーなんて相手にならないぐらいSNSのフォロワーも多いし影響力がある。

リンネがやってるSNSは、ツブヤイターのみでそこで酔っ払ったテンションで適当に戯言を書きなぐってるだけだ。

で、そんな雲の上の存在みたいな人の後継者? なんだ? いきなり悪いもんでも食って狂いだしたか?

脳みそに小さい宇宙人でも寄生してんのか?

と、リンネはまじまじと姐さんの顔を見る。



「私だって始めた頃はバイト感覚で適当にやってたわ。でもある時意識が変わった。当時のナンバー上位だった人と一緒に」

なんだか姐さんが語り始めた。


「ちょっ……モモコ。私海行きたいんだけど」

「海?」

「スパンク探しに」

「はぁ? どうゆう意味?」

リンネとモモコは小さい声でやり取り。


「聞いてる!? リンネ。それから私は」

酔ってんのか? 妙なテンションになってきた。

リンネはため息。



「あーー……あの……そうだ! AVでも観ますぅ? なんかね、インディーズ系でおもしろいの手にはいったんよー、SMモノですけど。この時代にDVDですよ! ビビっちゃうね」

とかもうリンネもわけわからない。


「そのなんかあったらAV勧めるのやめって」

モモコが首を振る。


「っていうかね、姐さん。そんなキャバ嬢でのし上がりたいとかマジないっすよ!

小型犬見たら やーんかわいいっとかすぐ言っちゃうような人種じゃ私ないっすから。

あっ犬は好きですよ、完全に犬派なんで。でもレッサーパンダ好きですけどー。

アレですよ、キャバずっとやってらんないし」


「じゃあアンタはなにがやりたいの?」


「え?なにを……。まぁなにをやりたいのかと言われるとー、そうだなー、なんか楽しく生きていければ。

そうゆう意味では、キャバしんどいじゃないっすかー? 喋りたくなくても喋らないといけないししんどいのに笑顔でいるとか。

階段をカンカンカンカンとヒールの音鳴らして歩くとか、すぐそこまで行くのにもタクシー移動でもう普通の生活できなくなるとか、

辺な踊りとかクイズとかされて動画SNSに上げるとかそうゆうのやじゃないっすかー」


「いやアンタどうゆうイメージよ、キャバ嬢」

思わずモモコが突っ込む。


「いい? リンネ。私は来年には高級店の方に移るわ。なんならクラブでもいいと思ってる」

「はぁ。姐さん、クラブで大はしゃぎしたいんすかー」

「そのクラブじゃない! まあいいわ。その馬鹿さも上手く使えば武器になる。

簡潔に言うわ。リンネ、アンタなたくさんの武器を持ってるのよ」

「え? 武器? いやいやメリケンサックぐらいしか持ってませんて!」

「アンタはある意味突き抜けた感性を持ってる。物の見方や人の見方が他とは違う」


もはや姐さんいちいち突っ込まなくなってるなーと傍でモモコは思いながら焼酎に口をつける。


「とにかく私はアンタをナンバー1にする!」


姐さんの宣言。

ワンルームに響き渡る。


そういえば姐さんは膿が嫌いだったな、とふと思う。ただ、それだけ。


それだけの夜。

そして、夜は終わらない。

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そして、海には辿り着かなかった ねりんなぁりぃ @nerinrinne

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