010//クラヤミを抜けるとき
「あのな 漠然と海って言ってもな。 どこの海かとかそうゆうのがハッキリしないと無駄な労力使うだけだよ。
だいたいガソリンだってタダじゃないしさー。まあでも幸い近場の海はココしかないからな。
でもひょっとしたらアレだよ。 ホラ、ココ。 この港だって海には違いないからさー。
ここだったら車で30分もあったら行けるしな。 でもこっちの行こうとしてる海だと2時間はかかるな。
この差は大きすぎるよ。
いや、それ以前にスパンクが海に行ったなんて確実なもんはなんもないってのが問題だよ」
地図を広げてシロウは1人ブツブツ言っている。
それを聞いてるヨッシーの瞳は幾分か伏し目がちだ。
「なあ、ところでアイツラは?」
やっとリンネ、イチヲの2人がこのクラヤミバーにいないことに気づいたのか、シロウは暗さをいっそう引き立たせているヨッシーに聞いた。
「ああ〜なんかみんな、とりあえずどっか行ったよ。 ここで1時間後にまた集合とか言って。
あっそれからユキも来るってさ」
ヨッシーはまだ伏し目がち。
BGMのヴォリュームが上がる。 もはや爆音のクラブ状態に突入。
シンヤはビックリして作業の手を止める。
「あ あのさ ヨッシー……ちょっと、いやかなりデカイ。 しかもMINISTRYでこれはやりすぎっつーか ね」
シンくんの諭すような言葉は轟音にかき消されて誰の耳にも届かない。もちろん届けたい相手、ヨッシーにも。
その結果を示すようにしかめっ面をして少しばかりいた、シロウ以外の客は次々と席を立ち去っていった。
その光景を見て我に返ったのか、ヨッシーはDJブースでヴォリュームを下げる。
そしてPAVEMENTへツナぐ。
「なんちゅーツナぎだよ」
シロウは笑う。
「悲しい時はなぜか聴きたくなんのよねえ」
ヨッシーも笑って答えた。
「かなしい の?」
「いや、別に ハハッ 悲しくなんかないよー」
その時ドアが開き、ユキがが入ってくる。
「おおっ他の奴らまだなんだよ。 もうちょっと待ってて」
シロウがユキにそう言って入れ代わるように外へと出ていった。
外に出たシロウが階段でタバコに火をつけようとライターを取り出すとカバンを抱えたイチヲが息をきらしながら現れる。
「おいおい なにやっとんのよ。 どこ行ってたん? もうオレ 車用意したんだけど」
シロウがそう言うとイチヲはカバンを掲げて口にした。
「海行く用意だよ。 一応水着とビーサンは必須アイテムだからね」
楽し気に答えるイチヲにシロウはつかみかかり訴えた。
「そのまま中に入るのはやめとけ。 オマエ状況わかってる? 遊びに行くんじゃねーぞ。もうユキ来てるよ。 怒られるよ」
「なに言ってんの? シロウ。 興味なかったくせにー。だいたいオマエこそ怒られるぞ。 海だよ 海!
なにしに行くんだよ オマエ。 今から出れば余裕で朝にはつくだろ?
1日めいいっぱい遊べんぞ。
あっスパンクのこと言ってんのか? 大丈夫だってえ!アイツのことだからなんとかなるって」
イチヲは平然と言ってのけて階段に座り込んだ。
この調子だとリンネも水着やらなんやらをとりに帰ったんだろう。
「それにしてもさー ユキってちゃんとスパンクのこと好きだったんだな。
どう見てもユキとスパンクじゃあ並んでても雰囲気違い過ぎてさー。たまに本気で馬鹿だってユキ言ってるし。てっきり仮面夫婦だと思ってたよ」
イチヲがしみじみ言う。
「仮面夫婦って......別に演じる必要ないし 夫婦じゃないし」
でも言われてみればたしかにそうだな、とシロウも思う。
あんなに必死になるとは予想外だった。
まあ表に出さないだけで相当好きっていうのはよくある話だからそれ自体驚くことでもないんだろうけど。
むしろコイツたの方が驚くべき行動をとってるような気になってシロウはため息をついた。
それにしてもリンネ遅い。
約束の時間を過ぎても現れない。
このクラヤミカバーからリンネの家はそう遠くない。 せいぜい10分もあれば行ける距離だ。
それなのにこれは時間がかかり過ぎだ。
どの水着にしようかとか悩んでるわけでもないだろうし。
イチヲが電話を入れる。
2言、3言しゃべってイチヲは電話を切った。
笑い出す。
シロウもそれを見て笑いそうになるが、とりあえず理由を聞いてみる。
イチヲはなぜか嬉しそうに.....
「いや〜 アイツ捕まったらしいよ。 モモコに。 ハハッ。
なんかキャバ嬢の姐さんだかも一緒だって。
声が震えてたわ。たまには痛い目みないとな、アイツも」
確かにリンネの言動はたまにぶっ飛んでそれに巻き込まれたりもする。
特にイチヲはよく。
だからなのか、とシロウは横目で笑ってるイチヲを見た。
さ 出発だ。 イチヲの笑い声まじりの合図でやっとこのクラヤミを抜ける時が来た。
シロウが振り返り 「ヨッシーは行かへんの?」と。
「あのねえ アタシ仕事中なの」 ま 当然だな。
じゃあ行こう。 これは海水浴なのか? スパンク捜索なのか?
よくわからない両極端の思いが車でひしめき合っている。
さすがにボードとか持ってる奴はいないが。
ま なんとかなるよな。 結局シロウもそう思うことにしてアクセルをいつもより強く踏み込もうとしたが……
「あっそう言えばさっき飲んだわ。イチヲもだな……わりー、ユキ。運転して」
さ、海を目指そう。
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