009//アイツは海に出て波を見つめて叫んだんだろう
ドアが勢いよく開いた。
外のむせ返るような熱気が入り込む。
このクラヤミにまた訪問者。よく知る顔だ。
イチヲ、シロウ。
もちろん同じ大学のおバカな仲間。
「おおーリンネー。なに?
1人で飲んでんの?
なんだよ、カンパリオレンジ?
お前ねー、1人で飲むならもっと渋いの飲めよ。ターキーをロックでとか、
テキーラをブランデーグラスでとかさー」
「いやテキーラ渋いか?」
シロウの上機嫌なテンションに突っ込んでるイチヲ。
「1人じゃないもん。ヨッシーいるし」
リンネは少し投げやりだ。
「いやいや俺もいるけどな」と、シンヤ。
「ねえ、リンネはこうして私に会いに1人でも来てくれんだもんねー」
なんだなんだ?
ヨッシーまで上機嫌か。
「ところでさーヨッシー、髪切った?
いや切ったな。なんか似合ってんじゃない」
「え?ほんと? 嬉しいぃ!」
と言いながらチラリとリンネの方を見た。
思わずリンネは吹き出しそうになる。
なんだ今のチラ見。ひょっとして気づかなかったから怒ってんの?
とリンネは座り心地が悪くなるが気にしないことにした。
なんだかいつもの夜の雰囲気になってきた。それだけで呼吸が気持ちよくなる。
とか思ってるリンネに目的をハッキリと思い出させる発言をするヨッシー。
「そういえばスパンク えらいケンカしたみたいだねー。会った?
傷だらけだったよ、もう痛々しいったら」
そうだ!それが目的だ!
「ヨッシー会ったの? いつ? いつ会った? どこで? ここ!?」
そして本来の流れに突入。
あまりの勢いだったのだろう。まくしたてるリンネに少し引いているヨッシー。
横には何事か把握できない面々。
「いつって……昨日、だけど。ここに来たよ、1人で」
「マジ? なんか言ってた?アイツ」
必死の形相とはこのこと。やっと掴んだ一筋の光。こじ開けろ。
シロウとイチヲは興味がないようですでに1年生のあの子はかわいいだの、
あのオンナはすぐヤレるだのと話し始めていた。シンヤも入ってボーイズトークに盛り上がる。
リンネは今日の出来事を簡単にみんなに話す。
驚くイチヲ。シロウはスマホでエロサイトに夢中。
「ううーん、たしかにテンションは低かったけど失踪するようには見えなかったなー」
ヨッシーが思い出すように言う。
「あっ!でもモモコならなんか知ってるかも。昨日後からモモコも来て2人で顔つき合わせて何か喋ってたから」
ナイス思い出し!親指を立てるリンネ。
そしてポケットからスマホ。
モモコの番号を検索して。
――あっでも待てよ……。モモコともあの日以来会ってないな……。モモコは当然のように毎日出勤してそうだし……。
でもまあいいや、と繋ぐ。
このクラヤミの音圧から逃れるように外へ。
外は夜だが繁華街特有の明るさがあった。
酔っぱらいの笑い声が耳に入ったと同時に受話器の向こうのコール音を聞く。
ふと見るとイチヲとヨッシーがいた。
「お前仕事だろ?」
「いいの。シンヤ君いるし。
客君らしかいないし」
「いやそうゆう問題か……」
「じゃあアンタ代わりに入っててよ」
「なんでやねん!」
2人のやり取りと街の雑踏をミックスで聞いていると受話器の向こうでモモコの声。
「はぁぁい」
あまりにもこっちの気分とは相反するテンション。拍子抜け。
「ああ、モモコ、あのさー」
「あっ!リンネ!アンタねー、ちょっとひどくない?なにしてんの、マジで」
「え?なに?なにが?あのな、モモコ、実は……」
「姐さんのお客さん紹介してもらうんじゃなかったの? わざわざ呼んでもらった日に無断当欠とかさー、しかもその後も姐さんや店長の連絡無視してるでしょ」
「いや、待って、モモコ。今はそれどころじゃ」
と言いつつ、
最悪だ。まったく。
姐さんはすでにアラサーでナンバー争いとかにはほぼ加わらないけど、お店の重鎮。
すでに10年近くエティカロナでキャバ状態やってて店どころかこの界隈の顔的存在だ。
店長も頭上がらないし。
あまりにも私の指名数が低く売上も立たないので、姐さんのお客さんにリンネの話をしたところ、割と好みだってことで、紹介してもらう運びになった。いわゆる太客で、一晩で200万使ったりすることもあるお客さん。
まあそんな太客のことはとりあえずいいとして……。姐さんを怒らせてるとなるとこの界隈で生きていけない……。と噂される。
「とりあえず姐さん今日出勤だからリンネもほんと店来て。もうこれ以上アタシじゃ抑えらんないからーー」
最後の方は悲痛な叫びにも似ていた。
「わかったわかった。でもその前に教えてくよ。昨日スパンクに会った時のこと」
電話を切ろうとするモモコを引き止め聞き出したい話題に無理矢理突入。
リンネはかなり必死だ。やっと掴みかけたのに。またスルリと手から抜けるなんて。
「え? なんで?」
「いやーそれがわかんないと私もちょっと動けないというか、今日店行けないというか、そしたらまたモモコに迷惑かけちゃうというか」
我ながら無理やりなことを言ってる。
「んんースパンク? なに話したっけなー。なんかアイツなに聞いても海に行きたい、海、海しか
言わなかったからねー。会話になってなかったよ」
「サンキューモモコ!」
そして即切る。
いいかい? モモコ、電話と言うのは必要な用件さえ言って聞けたら相手の都合なんてどうでもいい。
即切るもんなんだよ。心の中でガッツポーズするリンネ。
「なんかわかった?」
イチヲが覗き込む。
「なに? モモコちゃん?」
ヨッシーもなんか不安げ。
リンネはそのどちらにも答えない。そのままクラヤミバーの中へ。
「シロウ!クルマを出して!」
入るなり暗闇に目を慣らすことなく大声を張り上げる。
シロウは何事? という顔を張りつけリンネを見た。
「く、クルマ? なんで? 今から?」
「うん、さっき話したっしょ。スパンクを見つけられるかもしれない」
「どこに? さっき? え? わりーきいてなかった」
シロウはまあだいたいはこんな奴だ。興味がなければいつもこう。
だからリンネは無視してスマホを取り出す、
相手はスパンクの彼女ユキ。ちょっと誇らしげに電話するリンネ。
「海だ。海に行こう」
リンネが得た情報をそのまま伝える。
でも海って?
海は海だ。海なんだよ。
リンネは確信していた。海だ。
そして海を目指したスパンクを想い嬉しさを感じていた。
奇妙な気持ちだ。
理由? そんなものはわからない。リンネにも、誰にも。
それでも、ただ、夏で、海。
そんな単純な図式が成り立ってリンネの中で直結した。
それ以外に理由なんて思いつかないしそれ以上の理由なんて別に欲しいとも思わなかった。
だから、海だ。
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