002//コーヒーとタバコのループの中はたぶん寒冷地

「だぁらさー、もぉすっごいよ、ツレがさーやったことあんだけどね。うん、なんだっけ?

ほら、ええっと、ビオンとかゆう新種のやつ!?

あれをさーセックスする前にマッサージオイルするみたいに体中に塗るんだょー、したらどうなると思う!? ビビんぜー、マジで!

おいーリンネ聞いてるぅ?」

嬉しそうに、それでいてダルそうな目で喋りまくってるのはノリスという男。


もちろんノリスはニックネーム。純日本人。

本人曰く肩書きはDJらしいけどリンネと同じ学科に通う学生だ。


そんなノリスの話に相づちも打たず聞いてるのがリンネとイチヲという男。


いや、聞いてないのかもしれない。

この大きな窓が特徴的なカフェのその窓際で道行く人々の服装をチェックするというなんの役にも立ちそうにない作業にリンネとイチヲは没頭している。


窓の外は夕暮れ時を少し過ぎてオレンジと藍色が混ざり合い遠くでクラクションの音を響かせる。


仲良さそうな1組のカップルが自転車を二人乗りで走り去っていく。

なんだか蒸し暑そうな笑顔だった。

その自転車が盗んだモノだってことは、リンネの勝手な想像。


それぐらい飽き飽きしていた。

だけどそうだといいのになとなぜか期待せずにはいられなかった。

別に何も変わらないけど。



ふと視線をテーブルに向けるリンネ。

ほとんど空っぽのコーヒーカップが3つ並ぶ。

時計を見る。18畤20分。


ノリスはまだ小気味良く喋り続ける。

「んでさーあれよ、すっげえ気持ちいいのな。いや、これもう気持ちいいとか言う表現じゃ無理だな。

お前らの思う気持ち良さの遥か20倍はいってるよ」

もう、イッてるのはコイツ、ノリスだ。


このノリスは新種のドラッグの話をしている。

ドラッグといってもいわゆる媚薬。

それを使ってセックスしたって話を延々30分は続けている。


だけど知っている。これは虚勢。

そもそもコイツとセックスするオンナなんてリンネやイチヲの知る限り一人もいない。

だいたいリンネとイチヲもこのノリスを嫌っている。

だけどここでテーブルを囲む。



「なあ……一応リンネは女子だからね? 長々とずっとセクハラしてるからね、お前。あと俺にはずっとノリハラしてるから」

イチヲがタバコに火をつけながら力なく言う。


「いやいや一応ってなに!? あきらか純度100で女子でしょうが。それと私にもノリハラだから」

リンネがイチヲの頭を叩く。


「ノリハラってなに?」

ノリスが椅子にもたれながらキョトン顔。それがまさしくノリスハラスメントだ。



「つうかスパンクおせえな」

叩かれた頭を掻きながら、ついでに寝癖も直しつつイチヲ。



リンネとイチヲはスパンクと呼ばれる友人を待っていた。

そこにこのノリスがたまたまこの大きな窓の外から2人の姿を発見して戸惑うことなく割り込んできたんだ。

まったく、大きな窓を恨むか、そんな窓際に座ったことを悔やむか。

どちらにしろスパンクはまだ来ない。



スパンクももちろんニックネーム。学生仲間。

パンクをこよなく愛している。

いつの間にかスパンクってみんな呼んでる。

誰がどうしてそう呼び出したかはもうわからない。

そんなもんだ。このノリスも誰が最初にノリスって呼んだのか知らない。誰も興味がない。

むしろノリスに興味がない。



「それにしてもユキがスパンクと付き合うとはねー」

「ああ、それ俺も思った! ユキって大人しいタイプかと思ってたのに」

「ユキは大人しい方だよ。てかアレはもう大人だね」

「なあ~。それがあの落ち着きのないガキ丸出しのスパンクとなぁ」

リンネとイチヲはノリスそっちのけで盛り上がる。



スパンクは今夜、友人の主催するライブにリンネとイチヲを誘っていた。

だからこその待ち合わせ。

しかし当分来そうにない。

ノリスの話はセックスから好みの女の話に入り好きな体位に移り、またセックスの話になってるから聞く必要もない。



太陽は沈み夜が訪れる。アスファルトは熱いまま。どこかで蝉が落ちた。


「あっコーヒーおかわりぃー」

ノリスが店員に微笑む。

まだ続くらしい。

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