第2話 明らかな現行犯でも事情聴取は大事

 全裸の美少女だのファーストキスだの、言いたいことは数あれど。


 何はともあれ、未完成のクリームシチューがまき散らされたキッチンがそのままではロクに話もできない。


 というか全裸のままでは継次けいじの方が話に集中できなかった。


 親元を離れて独り暮らしをしている以上、警察沙汰は避けたい気持ちもある。

 なので継次けいじはまず少女の格好をどうにかするべく彼女にシャワーを貸してやることにした。


 未完成のクリームシチューが散乱したままのキッチンの片づけもある。

 ついでに貴重品類が盗まれていないか確認したが、どういう訳か手つかずだった。


 というかキッチン以外は荒らされた様子がなく、さらには少女が着ていたはずの服すら見つからなかった。


 ……まさか、全裸のままオレの家に?


 いやいやそんなはずはがない。

 現在時刻は夕方、全裸で外を出歩こうものならすぐに誰かが発見して通報されているはずだ。


 おそらく、どこか人目のない場所で服を脱いでから継次けいじの家に侵入したのだろう。


 なぜ服を脱いだのかは皆目見当もつかなかったが。


 とにかく。彼女には適当な服を貸してやるとして、だ。


 やれシャワーの使い方が分からないだのやれ貸してやったTシャツの胸部分がきつくて着られないだのと様々なトラブルを乗り越えて、継次けいじはようやく腰を落ち着けて少女の事情を詳しく聞き出すことができた。


 じっくり聞いた後、抱いた感想はこうだ。


 聞くんじゃなかった。


「……なあ。ん、えっと。アンタ」

「メルクで構いません」


 所変わって、キッチンに併設されたダイニング兼リビング。


 本来は数人のシェアハウス用物件であるため一人暮らしでは身に余る空間で、物が少ないせいか簡素な雰囲気が漂う。


 継次けいじは申し訳程度に設置されたソファに座り、ローテーブルを挟んで床に正座している少女――メルクをジロリと睨み付けた。


「んじゃメルク。もう一度訊くが……お前、それ本気で言ってるのか?」

「も、もちろんですよ! 冗談なんて一言も言っていません!」


 バン! とメルクが床を叩いて抗議の意を示してくる。


 ……シャワー上がりに白はまずかったな。


 現在の彼女は全裸ではなく、継次けいじが貸し与えたワイシャツを着ている。


 とは言ってもメルクの豊満な身体に合うサイズの下着を継次けいじが持っているはずもなく、ワイシャツの下は全裸のまま。シャワーを浴びてほんのりと肌が艶っぽくなり、その湿気でワイシャツが少し透けてしまっている。


 ……全裸とは別の意味でなまめかしい姿であった。


「ええと……まず、お前はイーティブル? とか言う、料理を司る精霊? が暮らす異世界の王女サマで? 今しがたダイナ……この世界にやってきたと?」

「はい、わたしたちはダイナガルドと呼んでいます。わたしたち食精霊プレーテはダイナガルドから流れてくる料霊素ミールスによって生きているのです」


 コクコクと頷きながら補足するメルク。


 途中でまた何か新しい単語が聞こえてきた気がしたが、とりあえず聞かなかったことにして継次けいじは確認を続けた。


「んで、今そのアンタたちの世界が……アンデリース? とにかく何らかの要因で滅びの危機に瀕していると。メルクはそれを阻止するためにミルヴィ、なんでもいいがその親玉を追ってこっちの世界にまでやってきた」

「はい! 悪食怪アンデリースの脅威はイーティブルだけではありません。厄喰災ミルヴィアントがダイナガルドへ渡った以上、あなたたち……あ。その、お名前は」

「……継次けいじだ。関野せきの継次」

「ケージ! 今、この世界も厄喰災ミルヴィアントによって滅ぼされる危険があるのです! わたしはそれを阻止するためにダイナガルドへ渡ってきましたが……しかし、わたしたち食精霊プレーテが戦う力を得るには、ケージのような料理人の助けが必要なのです!」


今にも土下座しそうな勢いメルクが頭を下げた。


「お願いしますケージ! わたしと一緒に、世界を――」

「……ああ。お前の話はよおぉ~く分かった」

「ケージ……ッ!」


 パァっ、とメルクの顔が明るくなる。

 継次は嘆息と共に告げた。


「今すぐ出てけ」

「なんでですかああぁぁあああぁぁぁッッ!?」

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