もっともらしい嘘をあなたに
伽藍
もっともらしい嘘をあなたに
「みんなと会えるのも、今日が最後なんだね」
配信画面に映っている幼い少女が、心なしか悲しそうに告げる。
彼女は荒波すずめ。1年と半年前に生まれた、Vtuberだった。
毎日のように配信を行い、ある日はゲームを、またある日は雑談を行い続けた彼女にも終わりが訪れる。
それが今日。『荒波すずめ』の人生はここで幕を閉じようとしていた。
私の声と彼女の声は全く同じ。私が何をしゃべっても彼女は顔色1つ変えずに『荒波すずめ』の言葉にしてくれる。
「前にも説明したけど……引退しようって思ったのはみんなのせいじゃないから! ただ私がやりたいことを見つけたからだよ!」
今思い返せば、18か月も歩んできた日常はとても素晴らしい物だったかもしれない。
初めて視聴者数が100人を超えた日も、チャンネル登録者が1000人を超えた日だって覚えている。
誰かとコラボは片手で数え切れるほどしかできなかったが、それでも友人と呼べる存在は何人かできた。
きっと、彼女たちとは引退後も連絡を取り合う関係になっていることだろう。
「みんな悲しまないで。またいつか、どこかで会えるかもしれないから……さ。だから、最後くらいみんなで笑おう?」
これは嘘だ。私はまだ何も将来のことなんて決まってない。
それに重要なのは『荒波すずめ』という存在。
私は引退しても生きていけるけど、彼女はそうじゃない。
「私、『荒波すずめ』を忘れないでね。みんながいたから毎日楽しく配信できた! みんなのおかげで私はここまでこれたんだ! いつも応援してくれてありがとう。私も、みんなのこと忘れない、忘れられないよ」
最後だから、と荒波すずめが普段は言わない感謝を告げていく。
あっという間に2時間の時が過ぎ、いよいよ彼女とのお別れの時がやってきた。
別れを惜しむ者もいれば、私の新たな門出を祝う者もいる。
私は、どちらかというと前者の人間だった。
さっきから、私が言っていることは嘘ばかり。リスナーを安心させようと虚勢を張っているだけ。
私の嘘は、『もっともらしい嘘』だ。それっぽい言葉を並べ立て、相手を一時的に納得させるための嘘。
「今日で私の活動は終わるけど、死ぬわけじゃないからね! みんなの中で生き続けるから! それじゃあみんなさようなら!」
そう言って、私は配信終了のボタンを押した。
もう流れることはないBGMと、数秒前まで反映されていた静止画。
役目を終えた彼女の瞳は、私をじっと見つめたまま動かない。
「終わっちゃったな……」
緊張から解放された私はその場で伸びをし、いつものようにSNSのアカウントを開き、最後のエゴサーチを始めた。
『荒波すずめ』の知名度は高くない。しかしそれでもファンはいる。
彼女の生誕祭を祝ってくれた人は何十人もいたし、定期的にファンアートを上げる人も全員フォローしてきた。
1時間、2時間とかけて新しく生み出されたものとこれまでの二次創作を読み漁り、私の中の『荒波すずめ』を消化していく。
気付けば引退配信を終えてから3時間も経過。パソコンの電源を落とそうとした瞬間、『荒波すずめ』のハッシュタグが付けられた最新のファンアートを発見した。
「……色んな人に、長い間愛されてたんだな……」
私は彼女が好きだった。これからもその想いは変わらないだろう。
『荒波すずめ』に会えなかったら。『荒波すずめ』になっていなかったら。
目の前にあるのは一度も『荒波すずめ』のことについて投稿していなかったアカウントから送られてきた二次創作。
そういえば最近、話題になっていたことを思い出した。
『原作に忠実な二次創作はもっともらしい嘘なのだ』と。
たしかに、二次創作には種類がある。作者が満足するシチュエーション重視で、本来の性格を再現されていないものもあれば、とことん原作通りの性格で、本物も同じ行動をするだろうなと思えるものだってあるのだ。
私の場合は、どちらも中間の位置にあるものが多かった。
まあ、『荒波すずめ』は平凡な人間だったし、原作から外れることの方が難しいからだろうが。
じっとその絵を見つめているうちに、私は新たな感情が芽生えていた。
この『荒波すずめ』は私の『荒波すずめ』じゃない。
だけど、今はそれでいいとすら思えた。
「いつも私を支えてくれて、ありがとう」
そんな言葉が聞こえてくる。どっちの言葉かなんてこの際どうでも良かった。
私が『荒波すずめ』に感謝するように、『荒波すずめ』は私に感謝してくれている。
私達にとって、もっともらしい嘘に何の意味があって、どんな形なのか分かった気がした。
私はあなたのことをずっと忘れないから、あなたも私を忘れないでね。
いつでも『荒波すずめ』はもっともらしい嘘をくれるから。
だから、泣かないで。
流れることはないBGMと、数秒前まで反映されていた静止画。
もっともらしい嘘をあなたに 伽藍 @Garan123
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