『放課後ミステリー』 ―7つの謎と最後の真実―

ソコニ

第1話

プロローグ ~始まりの場所~


夕暮れ時の柔らかな光が、古びた部室の窓から差し込んでいた。


私、月城さくらは古い木製の本棚の前で、一枚の写真を手に取っていた。埃っぽい本の間から偶然見つけたその写真には、5年前の文化祭でのミステリー研究会のメンバーたちが写っていた。日差しで色褪せた写真の中央で、一人の少女が満面の笑顔を見せている。その笑顔がまぶしすぎて、私は目が離せなかった。


「さくら、何見てるの?」


背後から声がして、私は少し体を跳ねさせた。振り返ると、成瀬さんが覗き込むように近づいていた。彼女はいつものように白いブラウスの襟元を気にしながら、優しく微笑んでいる。


「ん?ああ、古い写真」


何気なく答えた私は、その時はまだ知らなかった。この何気ない出会いが、私たちの物語の始まりになるなんて。そして、その物語が「最後の嘘」へと繋がっていくことも。




第1話 「消えた傘の謎」


梅雨入り直前の5月末。湿気を含んだ重たい空気が部室に漂っていた。


「もう!誰かが傘を盗んでるとしか思えないわ!」


珍しく声を荒げた成瀬さんの言葉に、部室にいた全員が驚いて顔を上げた。彼女の長い黒髪が怒りに合わせるように揺れている。


「盗難なら被害届を出すべきですね」


突然、部室のドアが開き、生徒会長の岩崎が顔を出した。いつもの几帳面な性格を表すように、制服はピシッとアイロンが効いている。


「でも、おかしいんだよね」


パソコンに向かっていた佐伯くんが眼鏡を直しながら言った。「防犯カメラには何も写ってない。でも傘は確実に減ってる」


その時、新入部員の速水くんが小さな声で呟いた。

「青い傘...青い傘だけ...」


私は急に背筋が凍るのを感じた。なぜ青い傘だけが消えるのか。その理由に気づいた時、私の頭の中で全てのピースが繋がり始めていた。




「ねぇ、みんな気づいた?」

私は立ち上がって、古びたホワイトボードの前に立った。マーカーを手に取り、不可解な条件を一つずつ書き出していく。カチカチという音が静かな部室に響く。


1. 晴れの日限定

2. カメラは死角なし

3. 全て青い傘

4. 持ち主が全員違う

5. 放課後のみ


「これって...」佐伯くんが目を細める。彼の鋭い直感が何かを感じ取ったようだ。


「そう、これ全部、誰かに気づいてほしかったんだ」

私は確信を持って言った。緊張で少し声が震える。


成瀬さんが首を傾げる。「気づいてほしい?何に?」

彼女の声には、いつもの優しさの中に、かすかな焦りが混じっていた。


「この青い傘の意味に」


その瞬間、部室のドアが静かに開いた。

三島先生が立っていた。普段は穏やかな表情の先生の目が、わずかに潤んでいるように見えた。


「よく気がついたわね、さくらさん」

先生の声は、いつもより少し低く、深いものだった。




第2話 「昼休みの暗号」


図書室の奥。古い本の匂いが漂う書架の間で、成瀬さんが一枚のメモを見つけた。


「ねぇ、これ...なんだと思う?」


私たちは集まって、そのメモを覗き込んだ。黄ばんだ原稿用紙には、整然とした文字で数列が書かれている。


3-25-8-4-1

7-12-15-6-2

4-18-9-3-7


「図書カードの番号?」と佐伯くん。

「でも、うちの図書室はバーコード管理だよ」と私。


速水くんは黙々とノートに数字を書き写している。彼の表情が、パズルを解くときの特徴的な輝きを帯びていた。


「あのさ...」

速水くんの声は小さいが、確信に満ちていた。

「これ、時間割みたいな規則性があるよ」


「時間割?」

私たちは思わず顔を見合わせた。


「ほら、これを5×5のマスに当てはめてみると...」

速水くんは器用に数字を並べ替えていく。


その時、成瀬さんが小さく息を呑んだ。

「まるで...」

「そう」私も気づいた。「文化祭の配置図みたいだね」


佐伯くんが眼鏡を直す。「でも、なぜ文化祭?」


その答えは、次の謎へと私たちを導くことになる。




第3話 「放課後の音楽室」


夕暮れ時の廊下は、オレンジ色の光に染まっていた。


「ピアノの音が...聞こえる」

成瀬さんが立ち止まる。確かに、かすかにピアノの音色が漂ってくる。




私たちは音楽室の前に立っていた。確かにピアノの音が聞こえる。でも、ドアには確実に鍵がかかっていた。


「幽霊...かな?」成瀬さんの声が少し震える。


「科学的な説明があるはずだ」

佐伯くんは冷静に状況を分析し始めた。「まず、この音の特徴を考えてみよう」


私たちは息を潜めて聴き入る。

かすかに聞こえてくるのは、ショパンのノクターン。切なく、どこか懐かしい音色。


「あれ?」速水くんが首を傾げる。「この曲、途中で同じフレーズが繰り返されてない?」


その言葉で、私の中で何かがつながった。

「待って。この音、生演奏じゃない。録音...そう、自動演奏なんだ!」


佐伯くんが眼鏡を直す。「でも、誰がいつ...」


その時、廊下の突き当たりから足音が聞こえた。

振り向くと、三島先生が立っていた。


「よく気づいたわね」

先生は優しく微笑んだ。でも、その目には何か深い感情が浮かんでいる。


「実は、この曲は5年前の文化祭で演奏されたものなの」


その言葉に、私たちは息を呑んだ。

あの写真。あの笑顔の少女。そして、この切ない旋律。

全てが、少しずつ繋がり始めていた。




第4話 「職員室の15分」


翌日の放課後。

三島先生から不思議な依頼を受けた。


「職員室で15分間、誰も気付かないうちに起きた出来事を解明してほしい」


私たちは職員室の前に立っていた。

普段は先生方で賑わうこの場所が、今は不思議なほど静かだ。


「15分前と今で、何が違うんだろう」

成瀬さんが部屋を見渡す。


「机の位置...かな?」

速水くんが小声で言った。


その時、私は気づいた。

この配置、どこかで見たことがある。


「図書室で見つけた暗号!」

私は思わず声を上げた。「あの数字の配置図と同じよ」


佐伯くんが真剣な表情になる。

「つまり、この職員室の配置は...」


「5年前の文化祭の時と同じ」

後ろから三島先生の声がした。


振り向くと、先生は懐かしそうな表情で部屋を見つめていた。


「妹は...ここで最後の準備をしていたの」


その言葉に、私たちの心臓が高鳴った。

徐々に見えてきた真実。

でも、まだ最後の謎が残されている。






第5話 「文化祭の暗号」


文化祭の準備が始まった6月初旬。

校内は活気に満ちていた。


その中で、私たちは新たな暗号と向き合っていた。

掲示板に貼られた一枚の紙。


「#3(赤)→#7(青)→#4(緑)→#1(黄)」


「色の順番?それとも番号?」

佐伯くんがメモを取りながら考え込む。


「待って」

成瀬さんが急に立ち上がった。

「この色、去年の文化祭の装飾担当の色分けと同じよ」


速水くんが付け加える。

「番号は、校舎の階数かも」


私たちは、その暗号が示す道筋を辿っていった。

3階の美術室(赤)から、7階の理科室(青)、4階の図書室(緑)、そして最後は1階の...


「音楽室」

私たちの声が重なった。


そこには、次の手がかりが待っていた。

楽譜の束。その中に挟まれた一枚のメモ。


「最後の鍵は、始まりの場所に」





第6話 「図書室の秘密」


私たちは、全てが始まった場所へ戻った。

図書室の古い本棚の前。


「ここで見つけた写真から、全てが始まったんだ」

私は深いため息をつく。


成瀬さんが本を一冊抜き出した。

『不可能犯罪の作り方』

5年前の文化祭の展示で使われた本。


その本の中から、一枚の手紙が滑り落ちた。


『親愛なる後輩たちへ


もしこの手紙を読んでいるなら、あなたたちはきっと、私の残した全ての謎を解いてくれたのでしょう。


ミステリーは、単なるパズルじゃない。

それは人の心と心を繋ぐ架け橋。

だから私は、最後にもう一つだけ、謎解きを残したくて...』





最終話 「最後の嘘」


手紙を読み終えた時、静かにドアが開いた。


「お姉ちゃんへ」

三島先生が、私たちの前に立っていた。

「それが、妹が最後に書き残した言葉です」


先生は、ゆっくりと話し始めた。


「妹は、文化祭でミステリーハウスを企画していました。でも準備中の事故で...」

先生の声が詰まる。


「でも妹は、最後まで謎解きを愛していた。だから私は...」


その時、全ての謎が繋がった。


青い傘の謎。

図書室の暗号。

音楽室のピアノ。

職員室の15分。

文化祭の色分け。


全ては、三島先生が妹の想いを再現するために仕掛けた謎。

「私には伝えたいことなんてない」という先生の言葉こそが、「最後の嘘」だった。


先生は微笑んだ。

その表情は、5年前の写真の少女のように眩しかった。


「妹の想いが、あなたたちに届いて本当に良かった」


図書室の窓から差し込む夕陽が、私たちの頬を伝う涙を金色に染めていた。




エピローグ


それから1年。

私たちミステリー研究会の部室には、今でも青い傘が立てかけてある。


時々、夕暮れ時に音楽室からピアノの音が聞こえてくる。

もう誰も、その音に怯えたりしない。


なぜなら知っているから。

それは悲しい思い出じゃなく、大切な人への想いを紡ぐ、温かな音色なのだと。


謎解きは、決して冷たい論理だけじゃない。

それは時として、最も温かな真実へと導いてくれる。


私たちは今日も、新しい謎と向き合っている。

きっとその先には、また誰かの想いが待っているから。


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