十振動のアンテイク

山城渉

異邦のヤモリ

 まずはひとつ、深呼吸。

 冬が好き。

 時が凍りついたみたいな澄んだ空気と、パキパキと鳴る道が好き。吐息が白く浮かぶのも、夜が早いのも、皆が家路を急ぐのも好き。もちろん、暗殺と相性がいいから。

 冬のことを考える。冬のことを考えただけで、心が踊る。

 苛立ちがおさまってきた。あのうるさくてたまらない蝉の競りが、脳に割り込んでこなくなる。ファッキンノイズ。

 スコープから覗いた夏は、目が眩むほど鮮やかで、熱い光に溢れて、見ていられるものじゃない。

 目を凝らせば凝らすほど別世界を垣間見ている気分になって、頭が痛くなってくる。

 やっぱりわたしは冬が好き。

 汗ばむ手先で銃身に触れた。これで仕損じたら、全部夏のせいにする。

「ふう」

 もう一度、深呼吸。

「お疲れ様だ」

 自分への労いを口にして、汗だくの体を伸ばした。

「ツケを払ってもらおうな」

 いつになく、珍しく、こうしてわたしは帰路につく。

「……帰路」

 思わず口にして、軽く吹き出す。

「スイートホーム。できるかな」

 ビル群に反響してキリキリと、清涼な音がした。

 音の出所を探ろうとして、その不思議な音色に聴き入った。

「悪くない」

 わたしの口が、勝手に言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る