ハロー、ビューティフルジャパン

夏目勘太郎

ハロー、ビューティフルジャパン

《おはもーにんっ!

『すぅぱぁ萌にんぐ』の時間になりましたぁ。今日もたくさんのニュースをお伝えしていきたいと思いまっす!》


 朝起きてテレビをつけると、軽すぎて逆に不安にかられるような挨拶が出迎えた。

 その姿はどこからどう見ても中高生くらいの少女にしか見えない。

 白いスクール水着とセーラー服を足して二で割ったような、目のやり場に困る珍妙な服装をしており、これが現代の魔女っ娘の一般的な姿なのだと知ったのは、つい最近のことだ。


《視っ聴ぉ者の皆様あぁぁっ! おっはようっございますっ! 今日も全力で一日を過ごしましょおおおっ!》


 次に朝には厳しいテンションの暑苦しいセリフが大音量で頭を殴りつけてくる。

 声の主は、魔女っ娘の隣にいる長身の青年のものだ。

 機械風の鎧らしきものを身に纏って、目に炎を燃やして無駄に熱血しているやかましいキャラだったが、これが現代の典型的主人公の姿だと以下同文。

 信じられないが、これでもニュース番組である。


《昨日ですねぇ、兵庫県西宮市にお住まいの谷口さんという方がぁ、忘れ物を取りに戻ろうとしたところぉ、友人が女性に乱暴しようとしている現場に遭遇したそうですぅ。夕方、何気なく扉を開けたら倒れた女性に男性が覆いかぶさるところだったそうですぅ。こわいですねー、みなさんも気をつけましょうねぇ》

《世の中の悪、許すまじっ! 公序良俗と社会正義の名の下に、金色の鉄槌をっ!》


 熱血青年は、どこから出したのか金色の巨大なハンマーを取り出し、それを振り上げてみせる。

 しかし閃光と共に魔女っ娘のハリセンに頭を叩かれ、画面下での沈黙を余儀なくされた。

 こんなニュース番組でも、かつてのような固い印象が消えて親しみやすくなったから面白いと、意外に評判が良い。

 今では三歳の子供でもニュースを楽しく見れるような世の中だ。


《それではぁ今日のお天気コーナー、お願いしまぁす》


 魔女っ娘に促され、画面に映った気象予報士役らしきツインテール少女の下には『吾妻鏡歩乃』という名前と思しき文字が羅列されていた。

 最近ようやく覚えたのだが『あずまかがみてくの』と読むらしい。

 大丈夫、私も何を言っているのか分からない。

 しかし最近では、これでもまともな名前の方だと思えてしまうから困る。


『南から小笠原諸島を通過して台風596号が北上してるの。昼過ぎには関東地方に上陸するわね。来なくても良いのに、ホント名前どおり御苦労様な台風ねえ……なっ、なによ? ちょ、ちょっと面白そうな気がしたから言ってみただけだからねっ! か、勘違いしないでよねっ!』


 画面に向かって赤面しながらわめき散らす気象予報士を見て、深刻なレベルのやるせなさに襲われ、思わずテレビの電源を消した。

 頭がおかしくなりそうだ。


「美しい国、日本」


 総理大臣就任時、確かにそう宣言したし、そのための政策も進めてきた。

 近年はSNSからも選挙が可能となっており、流行語にもなった『Web層』の支持が政局に大きな影響を及ぼしていた。

 とりわけその層から絶大な支持が得て総理大臣に就任した私は、その人気をバックにあらゆる政策を断行してきた。

 しかし、その力の源であるWeb層からの強い要望を抑え切れず、国民からの要望をまとめた法案を国会で通さざるを得なかった。

 一部では、生類憐みの令以来の悪法とまで言われている『日本美表現推進ビューティフルジャパン法』である。


 その法案が可決し、施行されてから一年。 

 日本は大きな変化を遂げていた。

 運転手に連絡し、車に乗って国会議事堂を目指す。

 黒光りするボンネットにどこかのヴァーチャルアイドルの姿がプリントされているのは見なかった事にした。

 しかし法の施行前から変わらない運転手の後姿に小さく安堵し、ふと目を外に向ける。


 様変わりした街の様子が嫌でも目に入ってくる。

 歩いている人間自体は変わってはいない。

 しかし時折感じる違和感は、ネコだのイヌだのウサギだのの耳が人の頭に乗っているせいだ。

 ご丁寧に尻に尾までぶら下げた者もいる。


 特に学生の変化が酷い。

 法に誰の趣味が混入したのかは分からないが、女学生用セーラー服は胸当てを廃止、スカートの丈は基本股下十センチというピンポイントな制限が加えられ、カーディガンやセーターを着る時は手の平が隠れ指だけが出る程度まで袖を伸ばす、というよく分からないものになっていた。

 ただ、それが女生徒のみであれば、まだ見れるから百歩譲って良いとしよう。

 しかしそれが女生徒のみに限る法ではない事を後から知る事になった。

 今では、赤や青のカツラをかぶり、どこかの萌えアニメの女性キャラになりきって登校する男子生徒の姿も多数見受けられる。

 そんな彼らが互いにスカートめくりをやっているところを目撃し、思わず吐き気を催した。

 こんな目を覆いたくなる日常が、この姿が、自分の目指した『美しい国』なのか。

 背を押される勢いに流されて無理に通した馬鹿な政策の現実を、毎日これでもかと見せつけられ、思わず泣きたくなった。


 テレビの世界では、法の施行と同時に三次元の実像が激減している。

 総理大臣となった自分でさえ、画面の中では、アニメ偶像、あるいはヴァーチャル偶像と化しているような状態である。

 国会の議論でさえも、AIがモーションキャプチャで全ての議員をリアルタイムでヴァーチャルキャラクター化し、実際の議論に沿った展開をアレンジして、アニメーションとしてテレビで放送される。


 声優達の熱の込められた声の演技には感心するが、どう見ても六十もほど近い面の皮と化粧の厚いオバサンにしか見えない防衛大臣が、画面の中で軍服を模したような作りの服にパツパツな超ミニのタイトスカートという服装で、兎の耳のような癖毛――アホ毛と言うらしい――を持った十八歳くらいの少女となってしまうのはいかがなものか。

 そしてそんな彼女が実に可愛らしい声で同じ内容の意見を述べている様は、違和感を通り抜けて、ある種の絶望すら湧きあがってくる。


 また総理大臣である私自身は、国のリーダーであるせいか特に美形に作られており、実年齢は六十も過ぎているというのに画面に映るその姿は二十歳そこそこ。

 朝の番組で見た熱血青年を髣髴とさせるエネルギッシュなノリで、かつリーダーシップあふれる、いかにも主人公と言わんばかりの姿になっている。

 そして次期総理と目されている実力者の外務大臣は、頭の切れるクールな美形となっており、知的に見える横長の眼鏡をかけてワンアクション毎に縁をキランキラン煌めかせている。

 現実では眼鏡をかけていないのに。


 そして男性同士の恋愛に萌える腐女子?と呼ばれるWeb層が、二人のカップリングなる設定を施して妄想を膨らませているようで、それによって首相と外相は絶大な人気を得ているという話も聞いている。

 全く嬉しくないが、情けないことにそれが内閣支持率の高さの一因となっているらしいから始末が悪い。


 一番酷いのは環境大臣だ。

 確かに内閣の中では四十半ばと最も若いが、ヴァーチャル化された彼女はどう見ても小学校低学年程度にしか見えない。

 しかも何故か不思議な小動物を傍らに連れ歩き、議論の展開によっては魔法少女へと変身する。

 その変身シーンが実にきわどいもので、何故か着ている服が全て消え去り、瞬間的に全裸になって大事な部分を申しわけ程度隠すようなエフェクトをつけてくるくる回転しながら、アイドルコスチュームを模したような、フリルがたくさんついた衣装を身にまとう。

 最後にお菓子のオマケを大きくしたようなステッキを片手に、魔法を使って悪役としてヴァーチャル化されている野党議員達を浄化し、ニコニコ顔になったところで円満解決という、茶番も甚だしい頭を抱えるような筋書きが恒例となっている。


 しかしこのような偶像化による政治のエンタメ化が功を奏したのか、国民の政治への関心は、棒線グラフが直角になりそうな勢いで急上昇している。

 そもそも国の大事なのだから、作られるものは世界一と言われる日本のアニメ技術の粋を極めたものなのである。

 そんなレベルで作られるヴァーチャル国会の視聴率は、最高で八十九パーセントという馬鹿げた数値を記録して世界中でトップニュースになってしまうような状況だ。


『そぉんな悪い子な野党さんたちはぁ、六法全書に代わってぇ、おしおきですぅ!』


 画面では、ちょうど環境大臣がステッキを振り回して、憲法・刑法・民法・商法・刑事訴訟法・民事訴訟法を司る六つの水晶の力を使った魔法の必殺技を野党議員達に放っていた。

 なぜ、ここで六法全書が出てくるのか……などという問題は、今の日本の状態からしてみれば至極些細なことだった。

 この茶番劇を共に視聴していた各大臣からの非難の視線が痛い。

 無言のプレッシャーに耐え切れなくなって思わずその場から逃げ出した。


 廊下を無我夢中で走った。

 途中、私役の声優に出来はどうだったかと聞かれたが、何も答えずそのまま駆け抜けた。

 何人かにぶつかったような気もするが、そんなことはどうでも良い。

 ただ、この悪夢のような場所から一歩でも遠くへ逃げたかった。


 こんな国はおかしい。

 いくら日本が漫画大国とはいえ、国そのものが漫画化してしまうような事があっていいのか。

 しかし国民は、こんな世の中を求めている。

 それは内閣の支持率が証明している。

 支持率は未だ八十パーセント台を維持している。


 かつて『働いたら罰金、働かなければ賞金』と言いたくなる社会構造だった事もあり、今はWeb層と言われている『労働を諦めて自分の世界に逃げようとした者達』の急激な増加による深刻な税収減が社会問題化していた。

 そこへ不景気も重なった事で景気が加速度的に冷え込み、場当たり的に支出ばかりを増やした結果、国の財政は揺らぎ始めていた。

 苦境を脱するために、公職選挙法の大改造をメインにした選挙関係全般の改正と、Web層を社会に戻すための苦肉の策とも言える、政治や社会環境のエンターテイメント化の法律が生まれた。

 新しい法の下で社会に迎え入れられたWeb層の数の力は絶大で、投票率や視聴率、生産率など、様々な分野で大きな効果を挙げた。


 彼らから税金が正しく納入されるようになったことで財政は徐々に改善されていった。

 そして彼らの力は、気が付けば『Web層の支持で政治が決まる』とまで言われるほどになっており、国を動かすほどになっていた。

 ここで気付くべきだったのだ。

 彼らWeb層が『責任を負わない社会から外れた者達』によって構成されていることを。

 国は次第にWeb層の無責任な意見を無視できなくなり、結果『日本美表現推進ビューティフルジャパン法』の導入を迫られ、それを強行採決せざるを得なくなる。


「私はなんて時に総理大臣になったんだ」


 トイレに駆け込んで鍵を閉め、便座に座って激しく頭をかきむしりながら言葉を吐き出した。


「求めていた美しさはこんなものじゃなかった。

 なんで国民はこんな国会体制を支持するのだ。なんでこんな虚構と茶番に埋め尽くされた政治に満足でき――」


 そう言いかけて、自分の発した言葉の違和感に気付き、泣き崩れた。


「ああ、私達も虚構と茶番に埋め尽くされた政治をしてきたじゃないか……」


 虚構も茶番も、それは今に限った事ではない。

 解決する意思など無い見せ芸的対立パフォーマンス、論点をすり替えた表面上だけの受け答え、人を見ずに書面だけを見た発言・政策、自分達に都合の悪い天下りや裏金疑惑などへの定型文回答による追及逃れ……形は違えど十分過ぎるほど虚構と茶番に満ちていた。

 それを当人達でも嫌気がさすほどに分かりやすくしたのが今の状況だったのだ。


「我々はなんという愚かな事をしてきたのだ。

 ああ、日本の神々よ、私は心を入れ替える。良き政治、良き国作りに邁進すると誓う。だから……だから……」


 私は頭を抱えながら今まで縁起を担ぐ程度にしか信じていなかった神々に必死に懇願した。


「あのぉ……」


 声に驚いて顔を上げると、そこには七・八歳くらいの少女が立っていた。

 長い黒髪は絹のように艶やかで、その大きな瞳は吸い込まれそうな不思議な揺らめきを秘めている。

 神職装束と巫女装束を合わせたような服装をしており、赤と白で構成されたその生地は、何で出来ているのかが全く分からない神秘的な薄い輝きを発していた。


 しかしここは男性用トイレ。

 しかも個室であり、鍵も閉まってる。

 少女が目の前にいること以外、入ってきたときと何も変わっていない。

 動揺を胸の内に押し込め、なるべく優しそうな声を意識して少女に聞いた。


「お嬢ちゃんは、どうしてこんなところにいるんだい?」

「さっき呼ばれたんでぇ~、その代表で来ましたぁ~」


 可愛らしい唇の下に人差し指を当てて、あさっての方へ目を向けながら、少女は要領を得ない答えを返した。


「呼ばれた? はて、誰かお嬢ちゃんを呼んで――」


 言いかけ、恐ろしいことに思い当たる。

 自分の予想が外れることを八百万の神々に祈りながら少女の名前を訊いた。

 少女は舌をペロッと出して片目を瞑り、小さな悪戯が見つかったような笑顔で告白する。


「やおよろずの神代表で来ました『あまてらす』って言いますぅ。えへっ」

「うそだああああああああああああっ――!」






 目を覚ますと、そこには見慣れた天井があった。

 見慣れたベッド、見慣れた布団、見慣れたカーテン。

 辺りを見回して、ようやく自室で寝ていたということを理解した。


「そ、そうか、夢だったのか……恐ろしい夢を見たものだ。でも夢なら良い。あんな国があるはずもない。ははは……」


 無理に笑ってみたが、それは悲しいほどに乾いていた。


「はあ……疲れているのかな。

 自然に笑えないのは精神衛生的に良くないと聞いた事がある。

 これからは、もっと普段から笑うように心がけよう」


 まだ光に慣れない目を押さえベッドから降りる。

 そのまま歩いて自室に備わっている冷蔵庫を開け、天然水の入ったペットボトルを見つけて取り出す。

 テーブルまで水を持って行き、一緒に持って来たグラスに水を注いだ。

 ソファに腰掛けグラスを傾けると、口の中に冷たさが広がる。

 少し目が冴えてきた。


「はて、そういえば今日見た夢は、どんなものだったかな?

 ひどく恐ろしい夢を見たような気がするが……いかんな、さっきまで覚えていたのに忘れてしまった」


 頭をひねって思い出そうとしたが、覚えているのは、ただ恐ろしい夢だったということだけ。


「まあ、いい。

 思い出せないということは、思い出さなくても良い取るに足らない内容だったのだろう」


 そう自分を納得させ、私はテレビのリモコンを手に取って電源ボタンを押した。




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