夏が連れて来る
要
第1話 夏が連れて来る
どこまでも青い空。
大きな入道雲。
ギラギラと照りつける太陽。
私が大嫌いで、そして待ち遠しい夏が来る。
「決勝、残念だったね。」
私の横に歩いている長身の男子の名は青木和真。
我が校きってのイケメンで、2年生ながらバスケ部のエース。
一応、私の彼氏。
「しかたねぇよ。これが実力だ。」
――これは私の2年前の記憶。
「それよりも、そっちはどうなんだ?来月だろ、吹奏楽の大会。」
和真のぶっきらぼうな話し方。
決して機嫌が悪い訳では無い事を私は知っている。口下手な和真が言葉を選びながら話す結果、こうなってしまうのだ。
「コンクール、って言ってほしいわね。」
人さし指を立てた私は意味もなく芝居じみた言い回しでそう言うと、立てた人さし指を和真の鼻の穴に突っ込んだ。
正確には突っ込もうとしたけれど、あとちょっとのところで阻止された。
「ちょ、いやマジでそういうのやめろよな。」
――私のつまらないイタズラに焦る姿が可愛かった。
「だいたい3年生優先のレギュラー選考っていうのがおかしいのよ。」
バスケ部の顧問の前原先生は「3年生は最後だから」って言って、大して上手くもない先輩を試合で使っていたのだ。
「絶対、2年生の方がうまい人いるって。櫻林君はリバウンド取れるし、宮崎君はドリブルが上手でしょ?」
「そうかもしれないね。」
興奮するとすぐに声が大きくなる私とは対照的に、和真の声はいつも冷静だ。
――バスケのことなんて全然分からない私の話を、和真はいつも嫌な顔せずに聞いてくれた。
「だから大丈夫。来年はきっとインターハイ行けるよ。」
夕日を背に振り向いた私は、和真にとびきりの笑顔を見せる。
目を細めた和真が「そうだな」と短く答えた。
「ねぇ、今の私、めっちゃ可愛くなかった?」
過去一の私の笑顔。絶対、芸能人顔負けの可愛さだったはず!
「はぁ、そういうのは口に出して言うもんじゃない。それに夕日が眩しくて、全然見えなかった。」
――和真は私の言葉をどういう気持ちで聞いていたんだろう。
「桃香、あのな・・・。」
妙に神妙な顔つきの和真が口を開いた。
「さっきのもう一度やっては、無しだかんね。」
ただ事ではない雰囲気を感じた私は咄嗟に茶化そうとした。
「そうじゃねぇよ、あのな・・・。」
遠くでヒグラシの鳴き声が聞こえてきた。
短くて長い沈黙。
私はこういうのが苦手だ。
「なに?残り少ない夏休みにどこか行こうとか、そういう話?どこにする?プール?海?泊まりじゃなければ大丈・・・。」
「そうじゃねぇよ!」
――今でも思う。ちゃんと話を聞いておけばよかったって。
「もういい!」
和真が声を荒げたのはこれが最初で最後だった。
「ごめーん、ちゃんと聞くからさ。」
一度タイミングを逃すと話しにくい事は多い。
それが重要な事であればあるほど、そういう傾向が強いものだ。
私は「いつか話してくれるだろう」とたかをくくりその日は別れ、気にもとめてなかった。
――どうして和真の態度の変化に気づくことができなかったのかと、後悔してやまない。
「青木くんですが、お父さんの仕事の関係で夏休み中にアメリカに引っ越しました。」
朝のホームルームで発した先生の言葉で、私はハンマーで叩かれたかのような衝撃を覚えた。
「なんで?!私、聞いてない!」
私は皆の視線なんてお構い無しに、机を叩き大声を上げた。
先生が困惑した表情を見せるが、知ったことではない。
――違う、聞いてないんじゃない。話させてあげなかったんだ。
桃香へ
――これは後日届いた私宛の手紙。
何も告げずにいなくなる俺を許してほしい。
何度も伝えようとは思ったけれど、桃香に悲しい顔をさせてしまうと思い、結局伝えることができなかった。
桃香と過ごした1年間は俺にとってかけがえのないものだった。
桃香にとっては口下手な俺と過ごす時間なんて退屈なものだったかもしれないけどね。
俺はアメリカに行く。
なんか格好良く書いたけど、親の都合で連れて行かれるだけだ。
高校生の俺にとっては他に選択肢はなかったんだ、理解してほしい。
アメリカの高校を卒業したら戻ってくるよ。
待っててくれとは言えないけど、戻ってきたら会ってほしい。
――バカじゃないの?どうせなら待ってろとか書きなさいよ。
手紙を見た直後は事実を受け入れられず、しばらくベットから出ることができなかったっけ。
それでも何とかやってこれたのは、手紙にあった「戻ってくる」という言葉のおかげ。
あれ以来、和真とは連絡を取っていない。
アメリカのハイスクールは6月に卒業なのだと聞いた。
もうすぐ2度目の夏が来る。
あいつと約束した夏が。
夏が連れて来る 要 @kan65390099
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