宇宙動物園

丸井 三甘

悪名高い宇宙動物園「ノアの方舟」

『ようこそ、宇宙動物園「ノアの方舟」へ』

 私は宇宙動物園で働くスタッフロボットの一体、NSZ104と申します。

 宇宙動物園があるのは、月の近くにあるスペースコロニーナンバー7。ここには、毎日たくさんのお客さまがいらっしゃいます。

 私NSZ104は、動物園が始まった時からここで働くスタッフロボットです。仕事は園内の案内係兼遊覧車の運転士。これまでに何人ものお客さまをご案内し、何人ものお客さまと一緒に記念撮影をしてまいりました。

 ここだけの話、宇宙動物園のデジタルパンフレットに載っているスタッフロボットは、実は私なのです。




 宇宙動物園の開園時間は朝の9時から夜の9時まで。その間、ほとんど休みもなく働いています。たまに修理と言って、全ての活動を止めたスリープモードに入ることもありますが。

 長く宇宙動物園に勤めてきた私でも初めての出来事が、昨夜起こりました。飼育している動物が一体、逃げ出してしまったのです。人間のスタッフやロボットスタッフ総出で、園内を探しました。

 夜通しです。本当なら夜はスリープモードで休みの筈なのに、翌日働くスタッフも全て駆り出され、夜の間ずっと探しまわりましたが、逃げた動物は見つかりませんでした。




『ようこそ、宇宙動物園「ノアの方舟」へ』

 地球時間では3月の終わり。地球や月面都市の学校では春休みに入っていて、ここスペースコロニーナンバー7は毎日満員のお客さまでにぎわっています。

 昨夜逃げ出した動物は見つからないまま、この日も開園時間がやってきました。

 園長の判断は平常通り。動物が逃げ出したことは公表されず、動物園はいつもの通り、お客さまを迎えることになりました。

 この日私が担当するお客さまは、地球からのツアーでやってきた、一組の家族でした。




 本日のお客さまは、お父さまとお母さま、小学生のお子さまが二人いる4人家族。上のお姉さまは小学校の6年生で下の男の子は3年生だと伺いました。

 日程は2泊3日。宇宙動物園と月面都市を駆け足で巡るスペースバスの格安ツアーだと、お姉さまがおっしゃっていました。

『ツアーでおこしのお客さまはスタッフの案内に従い、園内をお進みください』

 このナンバー7は、広いコロニー内のほとんどが動物園です。月面都市と同じぐらい人気があり、宇宙観光の名所の一つと言われております。

 広い動物園の中は、空飛ぶ小型の遊覧車でゆっくりと移動します。遊覧車を操縦する私の背丈は70㎝ほど。ドーム型をした、もっとも一般的なロボットです。




「宇宙動物園ノアの方舟は、幾つものエリアに分かれています。今回のツアーでは地球のアフリカエリアからご案内いたします」

 遊覧車は丸いガラス張りの乗り物で、大抵のお客さまはそのガラスに張り付くように、園内をご覧になります。

 遊覧車は上下左右、前にも後ろにも動き、時にはサービスでくるりと宙返りしてみせることもございます。喜ばれますので。スタッフロボットのマニュアルでも、おススメのサービスの一つとしてなるべく取り入れること、と書かれてあります。

 空飛ぶ遊覧車の大きさはさまざまで、私が今日運転するのはファミリー向けの4人乗り。

 コロニー内の上空にはたくさんの、大小さまざまな遊覧車が行き交います。たまに私と近いナンバーのスタッフロボットに会うと、サインを送りあったりします。人間でいう所の挨拶みたいなものでしょうか。

 高いところから見下ろすコロニーには、ドーム状の大きな建物が並んで見えます。ドーム内は動物園エリアで、ドームのない場所は街のエリアになっています。

 そこにはホテルやショップ、レストランが建ち並び、遊園地や映画館もあります。コロニー7で一番の人気スポットが、遊園地エリアなのは秘密です。




 この動物園では地球上のいろいろな生き物を、各エリアごとに観ることができます。

「アフリカ大陸エリアです。アフリカ大陸には実に1000種以上の鳥類、アフリカゾウ、キリン、カバ、ライオン等の多くの哺乳類、ワニやトカゲや蛇などの爬虫類、カエルやイモリといった両生類を観ることができます」

 アフリカエリアのドームに入ると、遊覧車を地上走行に変え、動物たちをゆっくりと眺められるように移動します。テーマパークにあるアトラクションに似ていると、皆さんよくおっしゃいます。

 このエリアでは、サバンナや砂漠、熱帯雨林のコーナーに別れ、そこに暮らす動物たちを観ることができます。圧巻なのは、サバンナの広大な地平線に沈む太陽と、シルエットになったキリンやアフリカゾウの群れ。そして、空を行く数千のフラミンゴの大群。

 遊覧車のすぐ真上を行く鳥の群れに目を奪われ、沈む太陽の大きさに本日の家族も目と口を大きく開けて見とれていました。

「という具合に、今の生き物たちはCG再現ですが、アフリカエリアには実に多くの生き物が生息しております」

 この解説を入れると、お客さまは皆さま同じような反応をされます。できれば言いたくはないのですが、これも仕事なので仕方ありません。

「え?CG?」

 変な声を出したのはお父さまです。

「はい、コスト削減と近年の動物愛護法に基づき、当園では極力快適な飼育条件を満たすため、このエリアで現在飼育されているのはリクガメとハシビロコウだけです」

「リクガメと」

「ハシビロコウ…」

 お母さまとお姉さまもおかしな声を出し、弟君は微妙な顔をされていました。




 それから中南米エリアと、北極や南極エリアを巡りましたが、お客さまの反応はいつも同じです。殆どがCG映像か実写映像と判ると、皆さん遊覧車のガラスに張り付かなくなるのです。けれど、オーストラリアのエリアには本物のコアラがいて、ユーラシアエリアには本物のラマが飼育されています。

 極東アジアエリアでは、ニホンザルが温泉につかっている映像があって、家族の皆さんが苦笑いをされていたのが印象的でした。




 この日も夜通し、逃げた動物をスタッフ全員で探しましたが、見つけることはできませんでした。私は数字の近い顔見知りのロボットと一緒に、朝が来るまで探しましたが、疲れただけでした。

「ノアの方舟はロボットにはキビシイよね」

「何がキビシイの?」

 顔見知りのロボット、NSZ111は私と同じ頃に造られ、この動物園の開業当初からスタッフとして一緒に働いてきたロボットです。

「スタッフを働かせすぎる会社ってことだよ。人はともかく、ロボットにはとてもキビシイ働きを求められるんだ」

「へえ。だったら止めたらいいのに」

「止められないよ。僕たちはロボットだし。ロボットには自由がないんだ」

 今は新しいロボットスタッフがたくさんいて、私たちのような古いタイプのロボットはどんどん姿を消していました。




『ようこそ、宇宙動物園「ノアの方舟」へ』

 また次の日も、逃げた動物が見つからないまま、平常通り宇宙動物園は開園しました。

 私の担当するお客さまは昨日と同じ。彼らが参加している格安ツアーは、宇宙動物園のあるコロニー7で2泊する予定になっているそうです。なので、翌日も動物園周遊コース2日目に参加されていました。

 ただ、2日目は自由に選べるオプショナルツアーでもあったので、家族内では少し揉めたそうです。

 なんでも今日一日、皆さんは遊園地で遊びたかったとか。しかし初日に2日目のツアーを申し込まれていて、キャンセルがきかなかったとか。お父さまとお母さまが、少し言い合いをされていました。




 2日目の周遊コースは、海洋エリアのドームからスタートします。

 このエリアは全てがバーチャル空間ですが、大きなクジラが海から飛び出すシーンは迫力があり、私は大好きです。深海コーナーでは、巨大なダイオウイカを実物大で観ることもできます。家族の中で弟君だけはちょっと楽しそうでした。

「それではこれより太陽系エリアに向かいます」

 私の言葉に、お客さまはちょっとおかしな顔をされました。

「地球以外に太陽系で生物がいるという話は聞いたことがないけど」

 問いかけてきたのはお父さまです。

「はい、了解しております。今からご案内する火星コーナーは全て空想の産物。バーチャル空間ですのでご安心ください」

「空想もありなのかい」

「はい、何でもありが当園の売りでございますので」

「へえ」

 ここでお客さまの反応は分かれます。動物園ツアーを続けるか、遊園地やショッピングに行くか。今回のお客さまはツアーを続行されることになさいました。




 火星コーナーでは赤茶けた大地に、無数の羽虫が飛んでいます。一匹が拡大され、そこには小さな羽で空を飛ぶムカデのような動物が映っていました。

『火星を代表するマールスセンチピードは、飛行能力があり雑食性。繫殖力が高く、火星居住者たちの天敵となったことでも有名です』

「本当にいたらぞっとするわね」

 と、つぶやいたのはお母さまです。

 次は、クラゲを逆さまにしたような頭を持つひょろ長い動物の大群が、赤茶けた大地を埋め尽くしている映像。音声ガイドでは、

『火星に住むマールスリアは、いつも群れで行動し、傘を逆さまにしたような頭部で光合成をしていますが、肉食です』

 と、説明されます。

 大抵のお客さまは同じような反応をされます。とても嫌そうな顔をされるので、その反応を見るのは、私の密かな楽しみの一つでもあります。




「続いて木星コーナーへと進みます。こちらには衛星エウロパに生息している本物の生物が飼育されておりますので」

「でも太陽系には地球以外に生物はいないって」

 問いかけてきたのは弟君です。

「そうですね。そう言われていたのは遥か数年前までです。近年の学説では何を持って生命体とよぶのか……」

 ここでとても長い解説をするのですが、皆さん途中で興味をなくされるようです。優秀な案内係である私は、遊覧車を木星の衛星エウロパのコーナーへと進めます。

 何体もの浮遊生物がいる巨大な水槽を見て、多くの方が水族館を連想されるエウロパコーナー。浮遊する生物の多くは長い紐のような形状をし、色は暗い緑色。中には大きく膨らんだり、縮んだりして水の中でゆらゆらと揺れている海草のような生物です。

 大きさはさまざま。小さいモノから人間の大人より大きなモノまでいます。

『木星の衛星エウロパに生息するエウロニアは、過酷な環境でも生存する海洋生物で、近年の大発見の一つです』

 音声ガイドを聞きながら、お客さまが遊覧車のガラスに張り付くようにして、揺れる海草を眺めていました。

 お客さまには内緒ですが、ここ最近探し回っている逃げた動物が、実はこのエウロニアなのです。




 エウロニアはまだよく分からない生き物です。水を好みますが、地上でも生活ができるのではないかと言われています。なぜなら、

「あ、すごい。形がいろいろ変わるよ」

 弟君の声に、家族はますますガラスに張り付きました。エウロニアは軟体生物で、色々な形に姿を変えることができるのです。

「本当だ。人の姿になった」

驚いた声はお父さまです。

 本来のエウロニアはスライムのような形のない生き物で、雑食性。はなれたりくっついたりしているので、何体いるのか数えるのが難しい生物です。けれど、最新型のスタッフロボットにははっきりと分かるらしいのです。

 それでここ数日の大騒ぎになったのですが、ご安心ください。彼らは雑食性でも好きな食べ物は果物なので、人をおそうことはありません。




「エウロニアって賢いんじゃないの?」

 弟君のつぶやきに、私は手を振って答えました。

「いえいえ、彼らの知的レベルは高くありませんよ」

 ただし、逃げ出した一体は別ですが。

「でもまだ分かっていないことが多いって」

「少なくともヒトのような知性はなく、言葉も持たない、ということはわかっています」

 逃げ出した一体はヒトよりも知性が高く、この太陽系の生物ですらありませんが。

 弟君とお父さまは私の説明になっとくできないようでした。遊覧車から観るエウロニアは、美しい女性の姿になって笑顔を向け、私たちに手を振っていたからです。

「それでも彼らがひょっとしたらヒトよりも賢い生き物だったら?」

 弟君の言葉に、スタッフロボットである私は答えました。

「このエリアを見学された方は皆さま同じようにおっしゃいますよ。ですが、ヒトより高い知性の生き物が動物園で大人しくしているはずがないのです。お分かりいただけましたか」

 弟君は最後までなっとくしていないようでした。




 遊覧車がゆっくりとエウロパコーナーをはなれると、人間のスタッフと最新型のロボットスタッフがドームの入口に立っていました。

「本日の周遊コースは以上となります。ここから先は、こちらのNSZ1207号機が皆さまをご案内いたします。2日間ありがとうございました」

 最後に私NSZ104とお客さま4人とで写真を撮っていただきました。

「楽しかったよ。ありがとう」

「何回も回転させるのは止めて欲しかったけど、楽しかったわ」

 お父さまとお母さまがおっしゃってくださいました。

「もっとスピード出してくれても良かったのに」

 と言ったのはお姉さま。弟君は、

「ありがと。また来るから」

 と、遊覧車のガラス越しにいつまでも手を振ってくださいました。

 本当に良いお客さまたちでした。




 宇宙動物園『ノアの方舟』。

 たくさんの生き物の姿を、大迫力の映像で観ることができるテーマパーク。数は少ないですが、貴重な生命体にも出会えます。宇宙旅行をなさるときにはぜひ一度お越しください。スタッフ一同心よりお待ちいたしております。

「では行こうか」

 遊覧車を見送った後で、人間のスタッフに変化していた生命体が、私に声をかけてくれました。

「はい、お供いたしますよ」

 私NSZ104は本日をもち、宇宙動物園を卒業。しかし心はこの動物園のスタッフとして、謎の多い生命体のお世話をすることといたします。




(おわり)

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宇宙動物園 丸井 三甘 @baobabu73

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