BLお伽噺・西と東の悪い魔術師たち

犬森ぬも

西と東の悪い魔術師たち

 森に二人の悪い魔術師がいる。

 西の塔に住むのは、水妖から生まれた子。

 凍えるほどに美しく繊細な容姿で精霊をも惑わす。彼はひどく残忍で、人間の子供を水辺におびき寄せて喰らった。その食事風景を見た者は恐怖のあまり正気を失うだろう。水は赤く染まり、水面に彼の食い残した肝臓だけが浮かび上がる。

 東の塔に住むのは魔獣の子。

 豊かな長い黒髪と雄々しい体を持つ彼も、非常に美しかった。闇の寵愛を受ける彼に従わない獣は森にいない。人間を捕まえても喰わないが、体と魂を細かく刻んでガラス瓶に詰め、棚に整然と並べるのが好きだった。


 西と東の魔術師はお互いを気に入っていたが、仲が良いわけではない。

 西の魔術師は常々、東の魔術師を身動きがとれないほどに鎖で縛って繋いで飼いたいと思っていた。そして時折、あの美しい獣の肌を鞭で打つのだと考えただけで悦びに震える。

 一方で東の魔術師は、塔の地下は洞窟と繋がっていて冷たく澄んだ地底湖があるが、そこで西の魔術師を飼いたいと思っていた。逃げられないように細工をして、腹をすかせた美しい妖魔が餌を懇願する様を眺めるのはどれほど楽しいだろう。


 もちろん、想像だけで満足する者たちではない。

 お互いをどうにか捕らえようと躍起になっていたが、問題は二人の力があまりに拮抗しすぎていたことだった。つまり、なかなか決着がつかない。

 あらゆる液体を操る術に長けた西の魔術師は、毒の雨を降らせて東の魔術師の動きを封じようとした。しかし闇の力を源にしたあらゆる呪いに通じている東の魔術師は、毒という悪意を分解して無害なものにしてしまったのだ。そして東の魔術師が放った呪いは、西の魔術師の操る水ですべて洗い流された。


 それならと、二人は使い魔を刺客として送りこむ作戦に出る。 

 物理的な力を誇る使い魔は簡単に返り討ちにされるだろう。だからお互いに選んだのは淫魔だった。

 性的な快楽によって籠絡するのだ。お互いの快楽に堕ちた姿を見てみたいという欲望もあった。

 上手くいくだろうと二人ともほくそ笑んだが、それぞれの淫魔は降参してのこのこ帰ってきてしまった。西の魔術師の液体を操る非道な責め苦に淫魔は耐え切れず、東の魔術師の魔獣特有のフェロモンに淫魔は屈したらしい。何度、送りこんでも無駄だった。

「私は早くあれが欲しいのだ。もはや我慢がならん。私が自ら籠絡してやろう」

 それをどちらが言い出したのかは分からない。


 かくして、西の魔術師と東の魔術師は夜な夜な寝所で攻防を行うようになった。手を変え品を変え、体位を変え、何十年も続けているが未だに決着はつかない。

 西と東にあった塔は二人の魔術でひとつに融合し、今や二人は共に暮らしている。

 この私――『カラスの王』と呼ばれる幽鬼は、あの悪名高い西の魔術師と東の魔術師からさえも敬われている存在だ。私は中立の賢者として森で起こる諍いの審判を任されているが、つまり彼らの攻防の審判も私がしなくてはならない。

 数多のカラスの目を借り、はじめは暇つぶしだと思って眺めていた。しかしいつしか昼夜問わず行われるようになった彼らの行為を、延々と見続けなくてはいけない私の身にもなってほしい。



<了>

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