第10話 夜明け前の迷走

新たな脅迫と動き出す対抗策

秋嶺(しゅうれい)高校の文化祭まで、残すところ一週間となった。けれども、校内には華やいだ雰囲気とは程遠い不穏な空気が漂っている。原因は言うまでもなく、旧校舎で見つかった裏取引の証拠や“謎の情報屋X”の暗躍、そして未だ回復せず入院中の大森 修(おおもり しゅう)だ。


昼休み、相沢駿(あいざわ しゅん)と神崎真理(かんざき まり)は人目を避けるように、校舎の端にある階段下へ移動していた。そこでは桐生彩香(きりゅう あやか)と椎名剣介(しいな けんすけ)が、先ほど受け取ったばかりのメッセージを示している。


「証拠を持ち出していることは知っている。渡さないならば“事故”は繰り返されるだろう—— “X”」


短い文面だが、脅迫の意図は明白だった。先日から再三送られている脅しが、いよいよ直接的になってきたことに、四人の顔には焦りが浮かぶ。


「Xは、私たちが旧校舎で手に入れた書類や写真を確実に把握してる。いつ、どこで嗅ぎつけたんだろうね……」

彩香は携帯を握りしめながら、声をひそめる。

「もう奴らから逃げるんじゃなく、こっちから攻めるしかない。情報処理部の先輩が協力してくれるって話はどうなった?」

剣介の問いに、彩香は短く答える。

「明日、放課後に会える予定。学内ネットワークを詳しく調べて、Xが使っているルートを特定できる可能性があるって」


駿は顎に手を当てて考え込む。

「ただ、向こうもセキュリティの知識があるだろう。そう簡単には尻尾を出さないはず。……でも、一筋の光ではあるよな」


大森 修の覚醒?

一方、この日の午後、生徒指導室の前には教頭の高嶺(たかみね)の怒鳴り声が響いていた。

「病院に無断で面会に行った生徒がいたという報告がある! 文化祭直前で余計なトラブルはご法度だ。もし見舞いに行くなら、ちゃんと申請を通せ!」

どうやら、誰かが入院中の大森 修を見舞おうとしたらしいが、学校を通していなかったため問題視されているようだった。


そのやり取りを廊下からこっそり窺っていた真理たちは、顔を見合わせる。

「大森くんに何か進展があったのかも……? 学校側は、あえて生徒との接触を制限したいのかな」

「いずれにせよ、もしかしたら大森が意識を取り戻して喋れそうになってきたのかもしれない」


駿は周囲を警戒しながら、小声で続ける。

「病院での監視が厳しくなったとなると、“彼が本当のことを知っている”可能性が一層高まったってことだよな。……大森くんこそ、真相に最も近い生徒かもしれないんだ」


情報屋“X”や裏取引の存在を隠そうとしている学校関係者にとって、大森が口を開くのは非常に不都合なのだろう。教頭が苛立ちを隠さないのも頷ける。


英語教師・二宮先生の奇妙な助言

放課後、英語の課題を提出するために駿が職員室に行くと、ちょうど二宮(にのみや)先生が資料を整理していた。いつもの柔和な笑顔のまま、彼は駿にそっと話しかける。

「最近、大人しくなったと思ったら、また落ち着かない顔をしてるね。……あまり無茶はしないほうがいいよ」

「……先生、何を言いたいんですか?」

駿がその奥を探るように問いかけると、二宮先生は視線をそらしながら、どこか悟ったような表情を浮かべる。

「文化祭は生徒たちが一番楽しみにしている行事だ。余計なトラブルで台無しにするのは誰も望んでいない。……それだけさ」


薄っすらと笑みを浮かべる先生を前に、駿は胸にひやりとしたものを感じる。まるで「これ以上踏み込むと危険だ」と暗に警告しているかのようだ。それと同時に、彼が本当に教頭の手先なのか、あるいは独自の情報を持っているのかが、いまだ掴めない。

職員室を出たあと、駿はスマホで真理たちのグループチャットに二宮先生の様子を報告するメッセージを送る。すぐに真理から応答が来た。


「あの先生、やっぱり何か知ってるんだと思う。敵か味方かはわからないけど、気をつけて」


剣介の練習試合と彩香の作戦

翌日、剣介はサッカー部の練習試合に出るため朝から校外のグラウンドへ向かった。その日の夕方には文化祭の準備もあり、本来ならバタバタしている時期だが、彼はしばし仲間たちと離れてスポーツに集中する時間を得る。

しかし試合後、ロッカールームで着替えている最中にも、「X」からの通知音がスマホを震わせる。仲間たちの視線を避けるようにしてメッセージを開くと、相変わらず脅迫じみた文章が並んでいた。


「君の大事な“仲間”が痛い目を見る前に、証拠をこちらに渡しておけ」

普段の剣介なら怒りで拳を握りしめるところだが、いまはただ冷静にスクリーンショットを撮り、仲間への連絡手段とする。彼だけが危険に晒されるなら耐えられるが、真理たちが狙われるとなれば話は違う。


同じ頃、彩香は放課後の校内にいる。文化祭実行委員室で業務をこなし終えたあと、情報処理部の先輩との約束を果たすため、コンピュータルームへ向かった。

中に入ると、すでに数人の部員がパソコンに向かって作業をしている。部長らしき三年生の男子が立ち上がり、彩香を手招きした。

「桐生さんだよね? 例の“X”の件、詳しく聞かせてもらえる?」

モニターにはSNSの書き込み一覧やアクセスログを解析するツールが並んでいる。部長は真剣な表情で画面を見つめ、言葉を続ける。

「ただ、学校のセキュリティを無断で解析するのは正直まずい。やりすぎると俺たちも処分対象になるかもしれない。でも、放っておけないだろ? ここまで被害が拡大してるんだから」


彩香は大きく頷き、できる限り詳しく事情を説明する。「X」がいつからどのように脅迫を始め、何を狙っているのか——そして、自分たちが“旧校舎で危険な証拠を手に入れてしまった”ことも匂わせる。

「情報処理部の力を借りて、少しでも“X”の正体や、使用しているアカウントの発信源を特定できませんか? 変なプロキシを介してるかもしれないけど……」

「やってみるよ。成功するとは限らないけど、俺たちもこのままじゃ気分が悪いからね」


こうして彩香は、秘密裏に“X”のネットワークを探るための小さな同盟を結成した。今はたった一筋の糸かもしれないが、大きな突破口になりうる——その期待感が胸に広がる。


夜の校舎での一悶着

その日の夕方が深まり、学校を出る生徒もまばらになったころ。真理は部活棟の前で駿と合流し、途中経過を報告し合っていた。彩香からは「情報処理部が頑張ってくれてる」という朗報が届き、剣介は「試合が終わったらすぐ戻る」と連絡をくれている。

しかし、すでに日は落ちかけ、秋口の風が肌寒さを増している。二人は今日のところは帰宅するかどうかを迷っていた。


「また旧校舎を覗くべきか……でも、あそこは立ち入り禁止が強化されてるし、教頭や巡回の先生に捕まったら厄介」

駿が言いかけた瞬間、背後から何者かの足音が近づいてきた。振り向くと、そこには**赤坂 拓海(あかさか たくみ)**の姿があった。

「駿さん……! 大変なんです、今、美術室で少し変な物音がするって聞いたんです。しかも、美術部のみんなはもう帰宅済みのはずで……」

深刻そうな表情の赤坂から伝えられるその情報に、駿と真理は顔を見合わせる。ここ数日、美術部の部室も教頭がやたらと注意を払っていたし、“特別な絵の具”に関する問題もまだ解決していない。


三人は人目を忍ぶようにして、美術室へ向かう。廊下から扉の隙間を覗くと、室内は薄暗い。時間帯もあって電気が落とされており、人影があればすぐに目立つはずだ。

「……誰もいないか?」

駿がそっと扉を開けると、かすかな焦げくさい臭いが鼻をつく。ふと棚のあたりをライトで照らすと、小さく煙が上がっていた。何かが燃やされた跡……あるいは書類の断片が焦げているようだ。


「これ、書類……? しかも美術部のものじゃない感じ。どこから持ち込んだの?」

真理が手袋をはめて焦げた紙片を拾い上げると、何やら学校備品の管理リストらしき印字が残っている。数字や品名が断片的に読めるが、完全には判別できない。

「ってことは、“X”側かあるいは教頭の関係者が証拠隠滅をしに来た?」

赤坂が怯えた声をあげる。もし間に合わなかったら、重要な手掛かりが消されていたかもしれない。


物音が消えてからわずかの時間しか経っていないので、犯人はもう遠くへは行っていない可能性がある。駿と真理、赤坂の三人は足音を忍ばせながら廊下へ出るが、既にそこには人気がない。夜の校舎の静寂が、不気味なくらい耳を打つ。

「あえて美術室で燃やしたのは、ガスバーナーやライターがあったからかも。油絵などの画材があるし、何かと紛らわしいと思ったんだろうね」


三人は、あの旧校舎で手に入れた書類だけでなく、他にも学校側の怪しげな契約資料や備品リストが存在するのではないかと察する。その一部を消しに来た人物がいた——これが今夜の出来事の正体だろう。

「証拠隠滅なんてさせない。絶対に間に合わなくさせてやる」

真理の瞳には燃えるような決意が宿っていた。


次なる衝撃へ——

結果的に、犯人を取り逃がしてしまった三人。しかし、わずかに残った焦げた紙片の情報から、何らかの管理リストが存在することを確信する。“X”や教頭、あるいは二宮先生など学校内部にいる黒幕が、文化祭直前のこのタイミングで必死に証拠を処分しようとしているという事実は、疑いようもなかった。


一方その頃、サッカー部の練習試合を終えた剣介が校門をくぐる頃には、校内放送で「すべての生徒は速やかに下校するように」という指示が繰り返されていた。

「なんだ、この物々しい感じ……」

嫌な胸騒ぎを抱えながら、剣介は足早に昇降口へ向かう。LINEを確認すると、駿と真理から「緊急事態が起きた」とメッセージが入っているが、既に時間が遅い。正門のところで生活指導担当の先生に呼び止められ、やむを得ず帰宅を命じられる。


文化祭まで、あと一週間。

“X”の脅迫は加速し、校内の証拠隠滅工作が進む。

旧校舎で得た証拠を守り抜き、真実に辿り着くことはできるのか。

そして、まだ意識が戻らぬ大森 修が握る秘密とは——。


夜の静寂に降り続く小雨が、不気味な予感を深めていく。駿たちを取り巻く迷宮はますます複雑な様相を呈し、どこに罠が仕掛けられているか分からない。少年少女の決意は、次なる衝撃へと向けられ、物語は暗闇の奥へと踏み込もうとしていた。


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