第39話 五人の日々

 ルドワンを倒し、数日に渡って、皆で宴を行った。


 それから、また数日が経ち、魔王城に平穏が戻った頃。


「入るぞ」


 アガリアの部屋に入ると、椅子の背もたれに寄りかかり、仰向けのまま開いた本を顔に乗せ眠るアガリアがいた。


「ZZZ⋯⋯」


 顔の本を取り上げる。


「ん? やあ、アレン。おはよう」


「くくく、おはよう。もう昼だぞ?」


「おや、まだ昼なのかい? では、夕方まで、もう一眠りすることにしよう」


「ふっ、良かろう。夕食は?」


「皆で食べるのだろう? ボクも行くさ」


 部屋中にうず高く積まれた本を見ながら、アガリアに言った。


「何か、面白い本は見つかったか?」


「クス。ああ、色々とね」


「くくく、新しい可能性を探すのも結構だが、試すのはお手柔らかにな。昨日も、エルミアが竜になる術をかけられたと言って、竜になってブチギレていたぞ?」


「クス。まあ、ほどほどにしておくことにするよ。ああ、アレン」


「ぬ?」


「生きていてくれて、ありがとう。ボクの勇者。大好きだよ」


「ふっ。ああ、我もだ」


 アガリアに口づけし、持っていた本をアガリアの顔に乗せ直す。


「ZZZ⋯⋯」


 すぐに寝息が聞こえ始め、アガリアの部屋を後にした。


 中庭に出ると、木陰でエルミアがルミールに膝枕をしながら休んでいた。


 エルミアの膝に頭を乗せ、静かに眠るルミール。


 エルミアが我に気づくと、指を口に当て、起こさないようにと身振りするエルミア。


 エルミアの横に静かに座る。


「改めて、ありがと。感謝するわ」


 エルミアが、小声で言った。


「くくく。我は、汝に礼を言われるようなことをした覚えはないのだがな」


「嘘が下手ね。ルドワンと戦った時、あんたが世界規模で使った癒やしの魔法。あれから、ルミールの病気が嘘みたいに無くなった。今は、健康そのものよ。あんたの仕業なんでしょ?」


「くくく。仕業とは、人聞きが悪い。我はただ、世界からもらった可能性を、少しだけ、世界に返しただけだ」


「そう。たとえ、ルミールのことがついでだったとしても、それでも、ルミールが元気になったことは変わりないもの。ありがと」


「ふっ。汝らしくもない」


「おい。どういう意味よ?」


 立ち上がり、行こうとすると、エルミアに手招きされる。


「ぬ?」


 エルミアの傍に寄ると、素早く唇を奪われる。


「ふ、ふんっ。これで、伝わったかしら?」


「ああ、確かに伝わったぞ。だが、よくわからなかったから、もう一度」


「⋯⋯ばかっ」


「ふははははは!!」


 中庭を後にすると、轟音が響いた。


「ぬ?」


 転移魔法で轟音が聞こえた場所へ転移する。


 魔王城のすぐ近くにある修練場。


「トノカ殿! もう一本!」


「いいよ~っ! さあ、こいっ!」


 モディアスが、大剣でトノカに斬りかかる。


 その大剣を素手で掴み、大剣ごとモディアスを背負い投げるトノカ。


 モディアスの巨体が地面に叩きつけられ、轟音と共に地響きが起こる。


「モディアスだけじゃ、ものたりない。よ~しっ、全員でかかってこ~いっ!!」


 トノカの声に、修練場にいた魔物が皆、一斉にトノカに飛びかかる。


 ポイポイとちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返すトノカ。


 ダウンした魔物の山を築くと、トノカが傍にいたファニアに抱きつく。


「あっ! アレンっ!」


 トノカが我に気づくと、駆けてきて我の胸に飛び込んできた。

 

「おっと。ふははははは! 元気だなトノカ!」


「うんっ! ねえねえ、アレンもトノカと一緒にしゅうれんしよう?」


「くくく。良かろう、そう言いたいところだが、今日は先約があってな。後日、トノカの相手をしてやろう」


「ほんとっ!? 絶対だよ!!」


「ああ。約束しよう」


「ん、じゃあ、約束っ!」


 トノカが背伸びをして我に口付けた。


「トノカ?」


「ふふっ。前に、アガリアが約束って言ってアレンにキスするところ、トノカ見ちゃったもんね~! だから、トノカも約束っ!」


「くくく。良かろう。母を大事にな」


「うんっ!!」


 修練場から転移魔法で魔王城の城門へ転移する。


 すでに旅の支度を終えていたティナが、そわそわと落ち着かない様子で我を待っていた。


「あっ、アレン様。おはようございます」


「待たせたなティナ。では、征こうか」


「はいっ」


 ティナが我の手を取り、転移魔法を唱える。


 大陸の南西部。


 迷いの森から、少し北にある森の中。


 転移の光が晴れる。


「この先が、トラース村です」


 緊張した声で、我の手を引くティナ。


 握る手が、震えていた。


 森の中を少し歩くと、やがて開けた場所に出た。


「えっ……?」


 ティナが呆然とする。


 ティナの眼の前に広がる光景。


 家々が立ち並び、村人がいつもと変わらず、生活を営んでいた。


「え⋯⋯?」


 ティナが、泣きそうな顔をしながら、我を見た。


「ふっ。言ったであろう? ティナの望みは、我が叶えると。恵与法による記憶の中に、世界を修復する魔法があった。そして、それを使う力も、世界は我に与えてくれた。これは、今まで頑張ってきたティナに贈る、我のささやかな贈り物だ。受け取ってくれるな?」


「アレン様⋯⋯う、うう~~っ!! アレン様ぁ~~~っ!!」


 ティナが、我の胸の中で泣く。


 ティナの泣く声に、村人が集まってきた。


「ん? 旅人さん? どうしたんだべ? その子、どこか怪我でも⋯⋯って、ティナ!? ティナだべ!? 一体どうしただ!? どうして泣いてるだ!? どこか、怪我でもしただべか!?」


「ドニおじさん、ドニおじさんだぁ⋯⋯! う、うう~~~~~っ!!」


「うわぁ!? なんでおらの顔を見て泣くだ!? わけがわからねえべ⋯⋯。と、とにかく、ソールさんとソワレさんを呼んでくるだよ!!」


 ドニという村人が駆け出す。


 泣き止まないティナをあやしていると、男女がドニに連れられて駆けてきた。


「ティナ! 大丈夫かい!」


「気づいた時には姿が見えないと思っていたけれど、今までどこへ行っていたの? お父さんもお母さんも、すごく心配したのよ?」


「お父さんっ! お母さんっ!」


 ティナが、両親に抱きつく。


「わたしっ、すっごく頑張ったんですよ! また、お父さんとお母さんと、村の皆と会いたいって!」


 トラース村に、魔物の襲撃は無かった世界を修復した。


 過酷な記憶など、必要なかろう。


 今の村人には、平和だった頃の村の記憶しか無い。


「あらあら、すっかり甘えん坊さんになってしまったわね」


「久しぶりの村なんだ。無理も無いさ」


 両親から頭を撫でられるティナ。


 その光景を、眼に焼き付ける。


「ふっ。では我は、これで失礼することとしよう」


 振り返り、歩き出す。


 駆ける音。


 我の前に回り込んで、口づけされる。


「んっ―――!」


 ティナに抱きしめられながら、唇を奪われる。


 必死に口付けるティナに苦笑しながら、されるがままに任せた。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」


 ティナが息をつきながら、唇を離す。


「満足したか?」


「わたしを、置いていかないでください」


「くくく。村は元通りになり、ティナの望みは叶った。もう、勇者である必要もなかろう」


「わたしは、勇者です。わたしの望みが叶っても、それは何も変わりません。そして、わたしは、アレン様をあきらめません」


「くくく。やれやれ、勇者とは、いつの時代も身勝手なものだ」


「はい。それが、勇者ですから」


「くくく。良かろう。勇者ティナよ。我の傍で幸せになるが良い!」


「はいっ! アレン様っ!」






 トラース村から、ティナを伴って帰ってきた数日後。


 玉座の間で5人で思い思いに過ごしていると、モディアスが駆け込んできた。


「アレン様! 一大事にございます!」


「ぬ? どうしたのだ? やはり、門番の仕事が嫌になったか?」


「いえ。門番の仕事は、天職だと悟りました」


「くくく、そうか。ならば、暇つぶしついでに、モディアスもやるか? ツイスターゲーム」


「いえ。私は、身体が大きい方ですので、そもそも不利かと……って、そうではないのです!」


「ぬ?」


「魔界で、新たな魔王が誕生し、地上への侵攻を企てているとのこと! アレン様、いかがいたしましょう?」


「ふははははは!! 新たな魔王の誕生! 地上への侵攻! 面白くなってきたぞ!」


「アレン様?」


 玉座から立ち上がる。


「その新たな魔王とやらの顔を拝みに行くぞ! いざ征かん、魔界へ!」


「魔界⋯⋯。一体、どのようなところなのでしょう?」


「おいしいものと、強いひとがいっぱいいたら良いなあ~」


「ふふっ。魔界にも、お金はあるのでしょうね。さ、稼ぐわよ~」


「クス。魔界とは、懐かしいね」


 旅の支度を整え、魔王城の城門から新たな冒険へ出発する。


 我らの旅立ちに、法螺貝を吹く魔物達。


 門番のモディアスが、我らの先頭を歩きながら、高らかに鬨の声を上げた。


「アレン様の、魔王陛下の、御出陣~、御出陣~!!」





 こうして、追放された勇者パーティへのリベンジを見事果たした魔王アレン。


 そんなアレンは、魔王業の傍ら、仲間たちと共に、末永く幸せに暮らしたのでした。


 しかし、これで魔王アレンの冒険が終わったわけではありません。


 魔界に生まれた魔王、勇者の出自、新たなる仲間。


 魔王アレンとその仲間たちの冒険は、まだまだ続くのです。


 ですが、それは、また別の物語です――――


          ~fin~

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勇者パーティを追放された元魔王は、勇者を育ててリベンジする! 達花雅人 @masa0129

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