行先はママ~いや、猫バスじゃねーよ~

うたた寝

第1話


 休日のショッピングモール。会社や学校が休みの人が多いためか、家族連れの人も多く、多くの人でごった返している。平日のための買いだめに来た人も居れば、家族と一緒に遊びに来た人も居れば、部活や塾終わりの打ち上げ的な感じで来ている人たちも居そうだ。

 歩くスペースも無い、というほどの人混みではないが、それでも多少なりスムーズに歩くのには支障が出る程度の人混みではあるため、人混みではぐれないよう、一人の女性と一人の女の子が手を繋いで歩いていた。

 女の子の身長に合わせるように女性の方が若干腰を曲げ続けて歩いているせいか、若干辛そうな顔をしている。女の子の歩幅に合わせて歩くのに慣れていないのか、女性の方が酷く歩きづらそうにもしている。

『女性と女の子』。この他人行儀な言い方からも分かる通り、二人には特に関係性は無い。

 手を繋いで歩いている様子から遠目に見れば歳の離れた姉妹のようにも見えるかもしれないが姉妹ではない。その年齢差から母娘のようにも見えるだろうが母娘でもない。

 冷たい言い方をするのであれば、彼女にとっては縁も所縁も無い赤の他人。休日の休みにショッピングモールで手を繋いで一緒に歩く理由など一ミリも無いのだが、女の子は女性の方を見上げて泣きながら言う。

「ママぁ~……っ!!」

 泣きたいのはこっちだよ……、と彼女は声には出さずにぼやいた。



 何でどうしてこうなった? 話は少し遡り、彼女がフードコートに昼食を取りに来た時のことだった。休みの日は大体このショッピングモールに来ることが多い。日用品や食料品の補充をしたり、何か目ぼしい商品でも無いかなと店舗をぶらぶらしたりもする。

 昼食もフードコートということもありもちろん色んなお店があるわけなのだが、大体はうどん一択である。値段が安い、ということもあるし、提供が速い、ということもあるし、単純に美味しい、というのもある。

 シンプルなかけうどんと何か好きな揚げ物を一個トッピングするのがいつもの頼み方。今回はちくわの磯辺揚げにしておいた。受け取ったかけうどんに無料トッピングのネギと揚げ玉をこれでもかと放り込み、最後に七味もこれでもかと放り込んで完成とする。

 いつも来ているフードコート。もちろんフードコートのため自由席、かっこよく言うのであればフリーアドレスなわけなのだが、いつも来ているため大体指定席、というか、いつも座っている席というものが存在する。

 それが窓際のカウンター席。大体二人連れ以上くらいで来る人が多く、そういう人は大体テーブル席を取るため、カウンター席はまぁまぁ空きやすいのである。外の景色を眺めながら食事もできるし、彼女としてはお気に入りの席だ。

 ちなみに、手荷物を席取りとして使っている人も居るが、彼女からするとよく手荷物放置できるな、と気が気でない。あのまま貴重品ごと誰かに盗られたりしないのだろうか? まぁそれができるくらい治安がいいという証明なのかもしれないが。

 貴重品は肌身離さず持つタイプの彼女はしっかりとリュックを背中に背負ったまま会計を済ませ、うどんが載ったお盆を持って窓際の席へと移動する。お昼時よりもちょい早めに来るため、席も大分空いている。自分の席を確保した後、空いている隣の席にリュックを置く。

 ズルズルズル~、とうどんを啜りつつ、外の景色を眺める。それほど高い建物というわけでもないが、それでも高い景色というのはいいものである。地上ではスーツ姿で働いている人も居るようだ。お疲れ様である。お気の毒と言い換えてもいい。

 まぁ同情するなら金をくれ、という話で、金はやらんので彼女は大人しくうどんを食べることに。まぁでも働いてくれている人が居るから休めるんだよな、と社会人になってからというものの土日に働いてくれている人のありがたみが分かるようになってきた。

 うどんを一通り啜り終わり、最後に取っておいたちくわの磯辺揚げを口へと放る。手を合わせてご馳走様をした後、隣の椅子の上に乗せておいたリュックからヘッドフォンを取り出して装着し、同じくリュックから取り出した漫画を広げる。

 さて自分の世界にでも旅立つか、と休日の優雅な時間を過ごそうと音楽を再生し、漫画を数ページほど読んだかどうかくらいの時、

 ぎゅっ! と何かが彼女の足元に抱き着いた。何っ!? と若干驚きながら足元をのぞき込むと、そこでは今にも泣きだしそうなほどに目に大粒の涙を浮かべた女の子がこちらを見上げて一言、

「ママぁ~……っ!!」

 いや、ママじゃねーよ。



 それほど巨大なショッピングモールというわけでもないのだが、それでも3階建ての建物。1フロアの大きさもそれなりにある。連絡手段の無い人を見つけるのは中々至難の業である。

 迷子センターにでも行こうかと思ったが、彼女はふと立ち止まる。迷子センターってどこだ? 普段来ているショッピングモールとはいえ、流石に迷子センターに用は無い。トイレの場所くらいは把握しているが迷子センターの場所など把握していない。

 各フロアに設置されているフロアの地図でも見れば何か書いてあるかね? と地図のある辺りに向かって歩き始めようとしたところ、

 ガクンッ! と突如後ろに引っ張られる。何事っ!? と思って振り返ってみると引っ張られたわけではなく、手を繋いでいた女の子がその場に立ち止まったらしい。

 何立ち止まっているの? 行くわよ? と手を軽めに引いてみる。

「………………」

 動かない。

 ふっ、子供の力を甘く見ていたか。オフィスワークで運動不足なのもあるしな。今度は両手で掴んで綱引きのように引っ張ってみる。

「………………」

 全然動かない。

 こ、こいつ……。大人を舐めるなよ? 恐らく清掃用と思われる壁に立てかけられていたブラシとゲーム機の前に置いてあった椅子を拝借してきて、支点・力点・作用点の梃子の原理で女の子を持ち上げてやろうと試みる。

「………………」

 これぞ梃子でも動かない。何だこいつ。物理法則を無視しやがって。

 大人を舐めるなよ? パート2。ということで子供に大人の力を教えてやろうと彼女はリュックからラウンドファスナーの長財布を取り出すと、

「どれ食べたいんだよ?」

 クレープ屋の前で動かぬ地蔵と化した女の子に諦めたように聞くことにした。



 後で『勝手に甘いもの食べさせて!』と親御さんに怒られるかもしれないが知らん。目を離したそっちが悪い。むしろ面倒見てやっているのだからお礼を言ってほしいくらいだ。

 どうせなら自分のも買うかと思い、2つ買ってみたのだが、地味にクレープ屋さんでクレープ買うの初めてかもしれない。学校帰りに池袋行って友達とクレープ食べに行く~、みたいな青春は過ごさなかった。

 意外と美味しいものだな、と思いつつ、パッと横を見ると、

「ちょっと貴女どう食べたらそうなるのよ」

 ちょっと目を離した隙に女の子の顔がクリームやチョコで凄いことになっている。リュックからウェットティッシュを取り出し顔ふきふきの刑である。ええい、逃げるな、抵抗するな、大人しく拭かれろ。

 途中、今拭いても意味無いな、と拭いたことに若干後悔はしたが、後からどうせ汚れるとはいえ、今拭かないと凄いことになるので適宜顔を拭いてやることに。無事クレープを食べ終わった後、顔を拭いてやったウェットティッシュなどをゴミ箱へと捨てに行くと、

「……あいつ、今度はどこに行った……?」

 ふと横を見るとまた消えている。子供から目を離すなとはよく言ったものである。聞こえているか? 親御さん。お前たちにも言っている。っていうかあいつ、さてはこうやって好き勝手ぶらぶらして親と逸れたな? 自業自得だ。このまま捨て置いてやろうか、と3割弱本気で考えたのだが、

「ちっ、居たか」

 視界の端に見つけてしまった。見つけてしまった以上流石にそのまま見ないフリは寝覚めが悪い。仕方ないので嫌々女の子へと近付いていく。

 ショッピングモール内に設置されているゲームセンター。そこのUFOキャッチャーの前で今度は動かぬ地蔵となっているようである。地蔵になっている奴はてこの原理という物理法則さえ無視するから非常に厄介である。

 何見つめてるんだ? と背後から覗き込むと小っちゃいぬいぐるみのキーホルダーが山盛りに設置されており、それを手前の空いているスペースに落とすタイプのようだ。

 UFOキャッチャーなどやったことないので、素人ゆえの見解か分からないが比較的取りやすそうである。手前にアームを押し込めば抜かれる時の反動でいくつか手前に落ちてきそうだ。まぁ景品もそこまで高価なものでもなさそうだし、難易度が合っている、とも言えるのかもしれないが。

 まったく、余計な出費がかさむわね、と財布を取り出し100円入れてみる。先ほど脳内でシミュレートした通り、手前にアームを差し込もうとしてみる。あ、なるほど。思いの外アームが潜り込んでいかないんだな。分かった分かった。

「………………」

 ……何だ? その何か言いたげな不満げな顔は。お前文句あるなら自分で取れ? 文句あるなら自分でやる。他人にやってもらうなら文句言わない。社会人の鉄則だぞ? まぁ、人にやらせておいて文句言う上司なんて腐るほどいるが。

 今の100円は要するに勉強代である。アームがこう動くのね、こういうアームの種類なのね、と知れたのだから決して無駄ではないのである。それにこの手のUFOキャッチャーは取るまでの過程を楽しむものだろう。一回で取ってしまったらむしろ損なのである。

 無茶苦茶なことを考えだした気がしないでもないが、彼女は気にせずもう一回100円を入れてやってみる。あ、なるほど。意外とこの山って崩れないのな。ぱっと見崩れそうに見えているのに。よくできている。

「………………」

 ……何だ? その何か言いたげな顔は。UFOキャッチャー初心者が二回失敗した程度でまさか責めるつもりか? 慌てるな慌てるな。三度目の正直という言葉があるだろう。この二回はそのためのフリである。

 というわけでもうことわざ通りサクッと取ってやろうと。もう十分フリは終わったと。100円入れてやってみたのだが、なるほどなるほど。……落ちないね?

「あ、あの……。もう大丈夫だよ……?」

 何が大丈夫なものかバカを言うんじゃない。このままバカにされたまま引き下がれるものか。ここで諦めては飲み込まれた300円が無駄になるではないか。大人を舐めるなよ? パート3。資金力ならあるのである。

 泥沼にハマったギャンブラーみたいなことを言いだした彼女だが、得てして泥沼にハマっている人間と言うのは自覚が無いものである。まぁ、泥沼にハマっていることを自覚できるくらい冷静であればそもそも泥沼になどハマっていないのだろうが。

 というわけで、ゲームセンターの思惑通り、と言うと若干の聞こえは悪いが、彼女は財布片手に両替機と向かっていった。



 さて、何度目の正直だったろうか? もうそれを数えるのが面倒になる程度には繰り返した後、結局山を崩すんじゃなくて、ゲーム名通りキャッチした方が良さそうだな、と理解した彼女はアームの片方はキーホルダーについているフック目掛けて動かしてみる。

 アームの片方を開いたタイミングで引っ掛けてやれば、アームが閉じる時にキーホルダーは引っ張られる。その反動で落ちるだろう、という計算の基、アームを動かしてみる。もう何度と動かしたアームだ。一時期は横から見るとか色々やっていたがもう必要無い。手や指の感覚がもうこのアームの感度を覚えている。

 ちなみに、懸命な皆さんはお分かりだろうが、その感覚を覚えてしまう程度には失敗を繰り返している、ということなのだが、まぁ水を差すのは止めておこう。

 もう自分の手よりスムーズに動かせるんじゃないか、と錯覚する程度にはアームを動かせるようになった彼女は狙い通り、アームの片方をキーホルダーのフックへと引っ掛けた。そしてこれも狙い通り、閉じる際に引っ張られて手前に落ちてきた。

 そしてちょっと嬉しい誤算。キーホルダーが一個引っこ抜かれたことによってバランスを崩したらしい隣のキーホルダーも一緒に落ちてきた。まさかの二個取りである。

 おお、良かったな、二個も取れたぞ、と二個差し出してみると、遠慮したのか、単純に同じのは2つも要らないのか、一個だけ受け取って走り去っていく。

 いや、一個だけ残されても困るんだけどな……、と手に残った一個を見つめる。正直、取りたかっただけで取った商品自体にそれほど興味は無い。どうしたもんか、としばし商品を見つめてからふと思う。走り去っていった? アイツ今度はどこ行った?

 そう思い慌てて目で追ってみると、親御さんらしき人の基へと女の子が走っていっていた。おお、どうやらUFOキャッチャーに熱中している間に向こうの親御さんがこちらを見つけたようである。迷子の時は下手に動くな、なんて言われたりもするが、UFOキャッチャーは迷子に最適ということか。

 親御さんにお礼は言われたものの特に謝礼をくれる気配も無いので、いえいえ~、と早々に話を終わらせて解散しようとしたところ、女の子に、

「またね~!」

 と、手にキーホルダーを握りしめたまま手を振られた。二度とごめんじゃ、とは流石にご両親を手前言えない彼女は曖昧な笑顔で手を振り返した。

 まったくとんだ休日になったものだ。UFOキャッチャーのし過ぎで重たくなった(両替の代償)財布をバッグへとしまう。それから戦利品のキーホルダーもしまう。

「………………」

 しまったのをやっぱり取り出してリュックに付けることに。うん、意外と似合ってるんじゃね? とリュックを背負い直す。

 とんだ休日になったことは否定しないが、まぁ、たまにはこんな休日も悪くないか。

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