第五章:鏡像の迷宮

 ある夜、エリスは私を館の新しい場所へと導いた。


 螺旋階段をさらに上り、三階の廊下を進む。そこには、これまで見たことのない扉があった。


 真鍮でできた扉には、蝶と薔薇のモチーフが浮き彫りになっている。その装飾は、ルネ・ラリックの作品を思わせる繊細さだった。


「ここが、私のコレクションルーム」


 エリスが扉を開くと、そこには無数の鏡が並んでいた。


 天井まで届く巨大な鏡。古びた銀の縁取りを持つ小さな手鏡。ヴェネチアングラスでできた装飾的な鏡。それらは全て、異なる時代、異なる場所からもたらされたもののように見えた。


「これらの鏡には、私の大切な人たちが眠っているの」


 エリスの言葉に、私は戦慄を覚えた。


 鏡に近づくと、その中に人影が見えた。若い女性たち。みな、美しく、そして儚げな姿をしている。


「彼女たちも、かつてはあなたのように、私の蝶だった」


 エリスの声が、どこか物憂げに響く。


「でも、永遠に美しくあり続けることは難しいの。だから、鏡の中で眠りについた」


 私は、最も大きな鏡の前で立ち止まった。


 その中には、黒いドレスを着た女性が映っている。彼女は、まるで生きているかのように、こちらを見つめ返してきた。


「彼女は、私の最初の恋人」


 エリスが、鏡に手を触れる。


「百年前、この館で出会った」


 その言葉に、私は息を呑んだ。百年前? それは、どういう意味なのか。


「エリス、あなたは……」


「ええ、私は人間ではないわ」


 彼女は優雅に微笑んだ。


「私は、永遠の夜に生きる存在。そして、美しい蝶を集める収集家」


 その瞬間、全ての鏡が揺らめいた。中の人影たちが、まるで目覚めたかのように動き始める。


「でも、心配しないで」


 エリスが、私を抱きしめた。


「あなたは特別。私の永遠の伴侶になるのよ」


 その言葉に、甘美な恐怖を感じた。しかし、もう後戻りはできない。


 私は、彼女の蝶として、永遠に生きることを選んだのだから。

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