第四章:禁断の舞踏

 それから私は、夜の館で暮らすようになった。


 昼間、館は深い眠りに落ちる。厚いビロードのカーテンが全ての窓を覆い、外界の光を完全に遮断する。そこには永遠の夜が支配している。


 エリスは私に、夜の作法を教えた。


 優雅な立ち居振る舞い、蝶のように軽やかな歩き方、そして官能的な舞踏。まるでオペラ座の舞姫のように、私たちは密室で踊り続けた。


「もっと、身体の力を抜いて」


 エリスの手が、私の腰に添えられる。


「そう……蝶のように、軽やかに」


 彼女の導きに従って、私は回転する。ドレスの裾が花弁のように広がり、黒薔薇の香りが漂う。


「ワルツは、愛の形なのよ」


 エリスの瞳が、琥珀色に輝く。


「二人の魂が溶け合い、一つになる瞬間」


 私たちは、静かな音楽に合わせて踊り続けた。どこからともなく流れてくるその旋律は、ショパンの夜想曲を思わせる。しかし、それは人間の作曲家の手によるものではないような、妖しい美しさを帯びていた。


 エリスの指先が、私の背中を撫でる。その感触に、全身が震えた。


「あなたの肌は、まるで月光のよう」


 彼女の囁きが、耳元で溶ける。


「触れるたびに、光を放つわ」


 私たちの唇が重なる。甘く、深い接吻。それは永遠のように感じられた。


 いつしか、私たちは寝台に横たわっていた。エリスの指が、私のドレスを優雅に解いていく。


「美しい……」


 彼女の声が、蜜のように甘い。


「あなたは、私の最高の傑作」


 エリスの唇が、私の首筋を這う。その感触に、意識が朧になる。快感と痛みの境界が曖昧になり、全てが溶けていく。


 私たちは、永遠に続くような一夜を過ごした。


### 第五章:鏡像の迷宮


 ある夜、エリスは私を館の新しい場所へと導いた。


 螺旋階段をさらに上り、三階の廊下を進む。そこには、これまで見たことのない扉があった。


 真鍮でできた扉には、蝶と薔薇のモチーフが浮き彫りになっている。その装飾は、ルネ・ラリックの作品を思わせる繊細さだった。


「ここが、私のコレクションルーム」


 エリスが扉を開くと、そこには無数の鏡が並んでいた。


 天井まで届く巨大な鏡。古びた銀の縁取りを持つ小さな手鏡。ヴェネチアングラスでできた装飾的な鏡。それらは全て、異なる時代、異なる場所からもたらされたもののように見えた。


「これらの鏡には、私の大切な人たちが眠っているの」


 エリスの言葉に、私は戦慄を覚えた。


 鏡に近づくと、その中に人影が見えた。若い女性たち。みな、美しく、そして儚げな姿をしている。


「彼女たちも、かつてはあなたのように、私の蝶だった」


 エリスの声が、どこか物憂げに響く。


「でも、永遠に美しくあり続けることは難しいの。だから、鏡の中で眠りについた」


 私は、最も大きな鏡の前で立ち止まった。


 その中には、黒いドレスを着た女性が映っている。彼女は、まるで生きているかのように、こちらを見つめ返してきた。


「彼女は、私の最初の恋人」


 エリスが、鏡に手を触れる。


「百年前、この館で出会った」


 その言葉に、私は息を呑んだ。百年前? それは、どういう意味なのか。


「エリス、あなたは……」


「ええ、私は人間ではないわ」


 彼女は優雅に微笑んだ。


「私は、永遠の夜に生きる存在。そして、美しい蝶を集める収集家」


 その瞬間、全ての鏡が揺らめいた。中の人影たちが、まるで目覚めたかのように動き始める。


「でも、心配しないで」


 エリスが、私を抱きしめた。


「あなたは特別。私の永遠の伴侶になるのよ」


 その言葉に、甘美な恐怖を感じた。しかし、もう後戻りはできない。


 私は、彼女の蝶として、のだから。

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