転生者が集まる町にあの娘がいた。〜魔術師ショウの恋愛事情〜

津村マウフ

第1話 魔術師ショウ

 女神からもらった火魔法でオークを片付けると、俺は手早く心臓から魔石を取り出した。

 転生した直後は恐ろしくてできなかったこうした仕事も、必要に迫られて何度もやっているうちに今では何も考えずにできるようになった。


 オークはいい。そんなに強いわけでもないし、魔石だけでなく、肉も売ることができる。売れない屑肉も自分で食べる分には味も変わらないし、食費の節約になる。オークを狩っていれば生活にまず困ることはない。冒険者の強い味方である。


 俺がオークの魔石と肉を持ってギルドの扉を開けると、この町のトップパーティである『風と共に去りぬ』が大騒ぎをしていた。南の洞窟のボスを倒したらしい。ボスを倒すことができたので、洞窟の先に進めるようになったそうだ。俺のように生活のために安全第一で狩りをしている冒険者と違って、探索をメインにしているヤツらには朗報だろう。


『風と共に去りぬ』のリーダーは自称美少女冒険者のスカーレットで、強力な回復魔法の使い手だ。ギルドでは聖女と呼ばれている。自称ではあるものの、確かにちょっとびっくりするほどの美少女だ。話をしたことはないが、パーティ名と名前からしておそらく彼女も転生者だろう。


 この町には転生者が多い。冒険者だけでなく、ギルドの職員や住民にも転生者と思われる人達が数多くいる。魔物が跋扈する世界なので、対抗策として女神が転生者を集めているのかもしれない。


 騒ぎを避けてギルドの中に入ると、スカーレットと目が合った。スカーレットは俺をじっと見ていた。

 何だろと思ったが、今の俺にはもっと大切なことがある。今日こそはやってやるぞと心に決めていた。

 気合を入れて、俺は受付に向かった。


 受付には新人の受付嬢が座っていた。

 黒髪のショートカットで十七、八くらいだと思う。


 この子は受付する時に相手の目をじっと見る癖がある。

 その態度は、前世で通っていたコンビニのバイトの子を思い出させた。ずっと声をかけたいと思っていたけど、実現する前に俺は死んでしまった。数少ない前世での心残りの一つだ。


 俺は魔石とオークの肉をテーブルに置いて、ギルド証を受付嬢に差し出した。


「雷天ペイで」


「はい」


 受付嬢は何かを探してテーブルの上で手をさまよわせた。


「……えっ!?」


 受付嬢は驚いた顔で俺を見上げた。


「やっぱり。君、転生者だよね」


「そうですけど……」


「吉祥寺のコンビニでバイトしてなかった?」


 彼女が俺の顔をじっと見た。


「……あっ、もしかして夜中によくカラアゲちゃん買いに来てくれてた人じゃないですか?」


 彼女の顔がぱっとほころんだ。


「え、俺のこと覚えててくれた?うれしいなあ」


「そうかなあって。雰囲気がそっくりだったので」


「奇遇だね」


「本当ですね。この町は転生者が多いって聞いてましたけど、知ってる人に会うこともあるんですねえ」


 知ってる人か。知っている人と言われるとちょっと嬉しい。


「俺はショウ。こっちでは冒険者やってるから色々世話になると思うけどよろしくね」


「アオイです。こちらこそよろしくお願いします。いきなりこの世界に送られたので不安だったんですけど、知っている人がいてくれて心強いです」


「困ったことがあったら何でも相談してよ」


「その時はぜひお願いします」


 彼女はにっこりと微笑んだ。



―――――――――――――――



「いよっしゃあぁぁ!」


 ギルドを出た途端、俺は大声を上げてガッツボーズした。


「アオイちゃんか。ついに名前が聞けたぞ」


 前世でできなかったことがこの世界でできた。これに比べればオークを倒すことなんか児戯に等しい。俺がこの世界に転生して初めて勇気を出した行動だった。今日は自分へのご褒美に酒を買って帰ろう。


 その後、俺は受付に行く度にマメにアオイに話しかけ、二人で時々外に出かけるようになるまで漕ぎつけた。


 はっきりと気持ちを伝えてはいなかったが、好意を持たれていなければ一緒に出掛けるなんてことはないだろうし、告白するのは彼女の気持ちがはっきりわかってからでいいかと俺はのん気に構えていた。


 ある日、俺がギルドに行くと、受付でアオイが若い冒険者と親しげに話をしていた。


 確か「ヴィシャス・ボーイズ」という転生者達が集まった十代の若いパーティだ。


 転生者は転生特典として女神から強力なスキルを与えられるので、スタートは地元民の冒険者よりも強い。

 与えられたスキルをどのように育てるかどうかは当人にかかっているので、時間が経てばその差は埋まっていくのだが、スタートダッシュができるのはやはり有利だ。


 このパーティもそうしたスタートダッシュに成功した一つで、冒険者を始めたばかりにも関わらず、大きな成果を上げていた。


「いいだろ。飲みに行こうよ」


「行きたくないわけじゃないんですけど、仕事がありますから……」


 アオイは笑顔を絶やさず、冒険者の誘いをのらりくらりとかわしていた。

 はっきり断ればいいのに、と俺は少し苛ついた。こういった輩はあいまいな態度を取ると調子に乗ってくる。


「仕事は何時に終わるの?」


「このギルドでは職員が冒険者さんと親しくするのは禁止されているんです」


「でもさ、この間君がオーク狩りと食事しているのを見たぜ」


「……」


「あいつとつきあってんの?」


「そういうわけじゃないんですけど……」


「やめとけって。あんな地味なヤツ。あいつ、一生オーク狩って生きていくって噂だぜ。そんなヤツと一緒にいたって、何一ついい事ねえよ。あいつの何がいいの?」


「……」


 アオイは答えず、考え込むような仕草を見せた。


 俺はショックを受けた。今のままじゃダメだ。彼女の気持ちがどうとかいう話じゃない。単に俺に勇気がないだけだった。

 相手がこいつかどうかは分からないが、このままじゃ、いずれ誰かに取られる。のん気に構えている場合じゃない。彼女が俺のペースに合わせてくれるなんて勘違いもいいところだった。


「絶対、俺達と一緒にいた方が楽しいって」


 男がアオイの手を握ろうとした。


「おい」


 俺は男の肩を掴んだ。


「ああん?」


 男が振り向いて、俺の顔を見た途端に見下したように笑った。


「何だよ、オーク狩り。文句でもあんのかよ。恋愛は自由だぜ」


 男は俺の手を荒っぽく振り払うと、少し距離を取った。

 剣士の間合いだ。魔術師の俺には近すぎる。剣に手をかけてはいないが、明らかに挑発してきている。

 俺が距離を取ろうとすると、男はにやにやしながら距離を詰めてきた。


「こいつ……」


「はいはい。ここで揉め事はやめてね。出入り禁止になりたいの?」


 手を叩きながら、奥からベテランの受付嬢が出てきた。


「へへっ、知ってるぜ、オーク狩り。お前はオークにしか興味ないんだろ。人間の女じゃなくて、大好きなオークのメスでも抱いてろよ」


 男はそう言い捨てると笑いながら去っていった。

 俺は唇を噛みしめることしかできなかった。



 夜、アオイを食事に誘って話をした。


「あんなヤツらに愛想よくしなくてもいいと思うけど」


「だってそれが仕事だし」


 アオイはぶすっとした顔で言葉を返した。


「こっちは心配して言ってるのに」


「ショウ君は冒険者だからそんな気楽に言えるけど、私はギルドで働くしかないの。転生者ができる仕事ってそんなにないのよ。私、冒険者なんて怖くてできないし……」


「あいつらタチ悪いんだぞ。いい顔してるとつけこんでくるだけだ」


「うるさいなあ。少し放っといて」


 アオイは席を立つと、レストランを出ていった。



 嫉妬に駆られて余計なことを言ってしまったかと俺が落ち込んでいると、隣に誰かが座る気配がした。

 顔を上げると、『風と共に去りぬ』のスカーレットがじっと俺を見ていた。


「あんた、あたしのパーティに入りなさい」


 スカーレットが俺に言った。

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