短編集

昨日の希望

第1話 露店商

 息を切らしながら走る男子高校生は、何処かへ向かっていた。


 西の地平に太陽が隠れそうだ。道端は比較的狭く、周りには田んぼや住宅が点在している。何処かの家の夕飯になるであろうカレーの匂いがする。


「まずい!早く帰らないと怒られる」


 男は、眩しい太陽光から目線を逸らせながらただひたすら走っていく。その光が周囲の景色を茜色に染めている。


 この村の人間は、逢魔が時を過ぎると誰も外へ出ようと思わない。逢魔が時とは、太陽が沈んで暗くなる時間帯のことだ。葦村では、逢魔が時を過ぎると様々な魑魅魍魎が村中を彷徨く。


 私が家の前に着くと、雷鳴の後、突然の雨が降ってきた。


 雨に濡れないように慌てて家の中へ入った。


 玄関で靴を脱ぎ、床が軋む音を気にしながら、そうっと、そうっと暗い廊下を歩いていると、突然、祖母が尿瓶を手に、スロープに頼りなげに掴まりながら私に近づいてくる。祖母の白髪は薄暗い光の中でも目立つほど多く、彼女の顔はシワとシミで覆われ、年月を物語っている。


 祖母は、近所のマネキン工場で働いているが、どういう訳だか学校が終わって帰宅すると祖母は家にいる。サッカーを小学生の頃から長い事やってきたが、祖母の面倒をみるために部活は辞めた。


 台所で料理をしていると、祖母はスロープにつかまって台所までやって来た。

「おい!随分と遅かったな。晩飯はまだか?お前はいつもノロマで使えねえな」

と、老齢故にかすれながらも威圧的な声で怒鳴ってきた。


「はいはい。完成したら持って行きますよ」


 彼女の言葉に合わせて、外で雷鳴が轟き、カッという稲光が祖母の一瞬にして部屋を青白く照らし、女の顔が一層不気味に見える。

こんなやりとりはいつものことだ。


 祖母の暮らしている部屋には、大量のマネキンが置かれている。

 料理を祖母の元へ運び、服の着替えを手伝うために祖母の部屋へ入ると、ドアを開けた瞬間、異様な光景が広がった。祖母の暮らしている部屋には、まるで博物館のように、大量のマネキンが綺麗に並べられている。どのマネキンもまるで生きているみたいだ。

 特に気味が悪いのは、三本足のマネキンだ。華奢な二本の脚と比べると一本だけ鍛え抜かれて筋肉質で力強い脚をしている。


 禍々しく、黒くてゴツゴツとしたトゲのような突起が付いていて、ドラゴンの脚を彷彿させる。

 特に気味悪いのは、この奇妙な脚が股に直接付いている点で、見る者に不快感を与える。 


 その日の晩、布団で横になっていた。部屋は薄暗く、窓から月光が微細な霧のように忍び込んでくる。静寂が支配する中、突然壁からヒソヒソ話が聞こえてきた。

「騒がしいな。誰だろう」

と私は思わず呟く。

 壁の向こう側は、祖母の部屋だ。

 私は、そっと壁に耳をあてた。

「この部屋にいると安全ね」

「マネキン工場にいると不良品は廃棄されるからね」


 私の聞き慣れない人達が談笑している。


「婆さんめ、よくも夜中に勝手に人を沢山入れやがって」


 怒りに任せて勢いよく祖母の部屋の扉を開けると、祖母以外に誰もいなかった。

 確かに大人数で談笑している声が聞こえているが、姿が見えない。

「どうして……」


※ ※ ※

 翌日、高校へ向かう途中でバッタリとクラスメイトのサトミに会い、一緒に登校することになった。サトミは、身長が百六十三メートル程で、黒光りする甲冑のような髪の毛が腰まで届く長さがある。


「今度の土日で宿泊旅行へ行かない?」


 サトミがぱっと顔を輝かせ、ウサギのようにスキップしながら近寄ってくる。

 私の表情も無邪気な喜色に溢れ、サトミとお泊まりデートのことで心が踊る。

 しかし、祖母の事もあるし、と腕組みをしながら考える。


「ごめん。そう言えば、あっきい、お婆ちゃんの面倒を見ないといけないんだったね」


 サトミはそう残念そうに言った。


「あれ?そう言えば、僕に祖母はもういないはずなのに……。誰なんだろう、あの女?」


 ふと私が疑問に思っていると、例の女がいつものように大きな風呂敷を背負って、通学路に立っていた。


 風呂敷女は、肩に下げていた風呂敷を慎重にアスファルトに置き、中の物を広げ始める。そして、中から夢に出てきそうな外見をした朱殷色の物体が次々とアスファルトの上に並べられる。


「足、いらんかえ?」

と彼女は奇妙な質問を投げかける。先程の物体は、人の脚だったのだ。


「要らないわ!そんな気持ち悪いもの。あなた、学校のトイレの掃除用具入れにでも入ってて!」


 サトミは風呂敷女の不気味な押し売りを断った。

 突風が吹き上がると共に目の前にいた風呂敷の女は姿を消していた。夢だったのだろうかと私は、そう思った。


 更に翌日。

私が登校すると、女子トイレで悲鳴が聞こえた。サトミの悲鳴だ。


 女子トイレへ急いで向かうと、真っ青な表情のサトミが勢いよく出てきた。彼女の顔は恐怖で歪み、目は大きく見開いていた。


「は!サトミ?無事で良かった」


 私が呼びかけても気にも留めずに何処かへ走り去っていく。


「お願い!私を見ないで!」


 サトミの後ろ姿をよく見ると、スカートから脚が三本出ている。

 私の学校の女子トイレの掃除用具入れに風呂敷女がいたのだ。


「害虫は追い払った。これからもあたしをよろしくね」


 カマキリのような不敵な笑みを浮かべる風呂敷女が私に顔を近づけた。

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