septet 00 電子的な美女-Le belle électronique-

palomino4th

septet 00 電子的な美女-Le belle électronique-

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※お願い


この作品は、先行する「カクヨムコンテスト10【短編】」の「お題で執筆!! 短編創作フェス」第1回〜第6回、第7回の3題に合わせた全9編の連作短編の終章となっています。

先にそちらをお読みになってからの閲覧をお願いいたします。


01 拡張式パノプティコン-試験-(1,797文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093092977480829


02 白い箱-雪-(3,064文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093091199522826


03 蹄のある足-つま先-(2,656文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093091636653708


04 黒、赤、そして黒-帰る-(4,179文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093092029882724


05 La Vie en rose-薔薇色-(4,853文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093092486449088


06 オムファロス-骨-(7,495文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093092913381116


07a 脱出/消失のパズル、増殖のパズル-10-(6,696文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093093049675536


07b 脱出/煌めく花弁-羽-(2,617文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093093103187099


07c 脱出/Long Time Ago…-命令-(5,347文字)

https://kakuyomu.jp/works/16818093093187538068


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——試験官はゆっくり息を吐いて自分の肉体のそれぞれの端を確かめた。

まだ目蓋を開けてはいけない、慌てないよう。

聴こえてくる物音を鼓膜と耳周りの骨で感じ取る。

背中に感じる、カバー越しのウレタンの詰め物らしき感触。

仰向けの体制で寝ていることを肉体が思い出した。

「戻りましたか」検視官の声がしたので、適当に右手を上げた。

頭を覆っていた端末が上にスライドされ試験官の頭がようやく現れた。

「どうぞ」検視官が差し出したシートで試験官は顔を拭い、それから頭髪も拭った。

「7本も立て続けにログを観たらしばらくは混乱するでしょう」検視官は物分かり良さそうに言った。「潜水から浮上してしばらくは水中の感覚から戻れないかのようになるのでは」

試験官は唇に人差し指を立てて見せた。

検視官は失敬、というように口を閉じた。

覚醒してからの、儀式というほどでもないささやかな休符、観てきたものがすり抜けないようにわずかに頭の中でとどめ、定着するのを待つ。

「9つだ。最後の夢が3つに分岐していました」試験官はゆっくりと言った。「思ったよりも深刻な状況です。B-1013はコード破りをしかけていました」

「まさか」

「本人もはっきりとした自覚は無かった筈ですがね。夢という形で非常に際どいところまで行っていました。「B-1000」シリーズの根本的な機密に近づきつつあった……というよりも境界を超えたのかもしれません」

「すると、B-1013は自死の可能性が?」検視官は訊ねた。

「可能性は、あります」

試験官は自分の寝ていた寝台に半身を起こして隣の検視台に横たわる裸身の男「B-1013」を見た。

完全に息を引き取っているようだが薄く目を開いている。

「生命活動は停止しています」検視官が言った。「ただし、五官は動作しています。目や鼓膜のセンサーはそのままで」

「夢の中で」試験官は言った。「この部屋と我々を見ている断片があった。ちょうど入水遺体になってしまう最後でね。……この部屋で見た夢なのか?」

「B-1013」の剃髪した頭にいくつものピンが差し込まれ、そこから素っ気ない心電計めいた機器にケーブルが伸びており、機器から伸びたケーブルは試験官の頭を覆っていた端末に繋がっていた。

人間の姿形と臓器を持つ、しかし贋物の人間。


「もともと人間社会に密かに紛れさせる、この人造人間たちに知性を付与する時、あらかじめ人間側の都合で取り除かれる筈だったものが取り除かれなくなった経緯があります」検視官は、既にお互い知っていることを確認するように試験官に語った。「細胞、臓器、毛髪、限りなく人間に近く作られた者から「破壊と暴力の衝動」と「自裁の自由」「ルールの外に出ること」、これらを造り手の倫理として取り除いてしまうことが「人権」にふれるのではないか、という理由でそれらを組み込んでおきながら、しかし安全装置を施すというやり方でこのシリーズは製造されました。幾つかの条件……安全装置を外す他者の存在があって初めて解除は出来るというものの、それは実際はほぼ不可能にされていた筈では」

「その通り、安全装置をかけられた存在だったんですよ、「B」シリーズは」試験官は応じた。「しかし「夢」の中でシンボルに変換しながらも、B-1013はそれぞれの制約の意図を把握し解除しようと挑んでいた」


「最初の夢は……教室で試験中の高校生だった」試験官はタブレット端末を手に持ち、入力しながら言った。「その中で、監視カメラを搭載した昆虫ドローンの噂というのが出てきたが、これは「B-1000」シリーズ自身の眼がが外部に映像を送信する自立式の監視カメラであることを暗示してるようにも思えるな、しかしこの程度は問題ない。ここでは不在のクラスメイトという形で「美鈴」を思い出す。

「二つ目は雪の集落で孤立した民家から姿を消した老婆の「美鈴」だ。探しても見つからない。

「三つ目は衝突事故で亡くなった女性の「みすず」。事故の遺体として姿を見るがすぐに消え去り残っていない。

「四つ目は電話で話す女性の「ミスズ」だが、これはB-1013と生きる次元そのものが違っている、同時に同じ世界に存在できない人物になっている。

「五つ目はオンラインのカウンセラーの「ミスズ」だが実物との対面は無い。この夢はキーになっている。彼はここで溺死による遺体になっているのだけど、この瞬間が抜けている。彼は自ら入水したのか、それとも不運な事故なのか。まさしく『事故ならともかく自殺なら大変なことなんです』。

「六つ目でのB-1013は、過去が変わってしまうという奇妙な症状に悩み、奇妙な博士の家を訪れる青年だ、ここの「ミスズ」は博士の助手だが通話で声だけやりとりしてる。最後でB-1013は殺人容疑を掛けられて、無実を証言してくれるかもしれない「ミスズ」を呼ぼうとする。

「七つ目は三分割された夢だ。殺人容疑から精神鑑定を受け精神病院の閉鎖病棟に送られたB-1013。それが病室の中で三人に分裂してしまう。ここで彼らに向けて手紙を出している人物の名前が「みすず」だ。脱出を暗示するが顔を出していない。三人のうち一人は他人を殴り倒してから病院を脱走する。二人目は人口の翼を作り、ダイダロスのように海を越えようとするが墜落して溺れていく。ここで、外径的には事故だが当人の中でうっすらと自死を意識していたような考えが過ぎる。そして三人目は廃病院を拘束衣を着て歩く。自らの手が封じられているのだけど、そこで出会った女性によって拘束衣が解放される……。問題はこの女性が名乗る前にB-1013によって「美鈴」と名付けられていた」

「「美鈴」と会った?」検視官は目を開いた。

「男性の「B」シリーズには制限が設けられている」試験官は言った。「彼らに対する安全装置、制限は呪縛の形を持っている。鍵になるものとして研究所が置いたのは『美女と野獣』……"La Belle et la Bête"。そもそもシリーズの頭につけてある「B」は"Bête"「野獣」から来ているんです。そして夢の中で、安全装置を外す存在、しかし絶対到達できない存在として「実在しない女性」である"La Belle"「美女」を置いてある。日本語フォーマットの中ではその「ベル」を捻って「美鈴」と変換させていますがね。これは間接的な情報、声、記憶として夢に入り込んできますが実体と会うことは絶対できなくしてあるのです。ところが最後の夢の方ではそれが破られていた可能性がある。B-1013が夢で接触した女性を名乗る前に「美鈴」と呼び「美鈴にしてしまった」んです。

「三分割の一人目は「自分自身ではない他人の身体を通じて行った暴力」、二人目は「不作為を通じた自死」ですが、三人目は明確に「ベル」による解除が主題になっていた」

「この彼は」検視台の上のB-1013を見ながら検視官は言った。「それで自死をできた、と?」

「「B-1000」シリーズの調整は、睡った状態の中で施される仕様です」試験官は言った。「もっと大きな設備のラボでエンジニアが端末を通じて行い、個体の見る夢の中へ書き込みや消去をする。人造人間の中では夢の一つとしてそれは流し込まれていくのですが、普段の日常生活から五官を通じて受け入れる膨大な情報を、睡眠中に圧縮と消去のために支離滅裂な夢として流し、頭の中を整理していく。ところが、その夢をターミナルにしてB-1013が操作や誘導を行ったのなら」

「そんなことできるのですかね」

「とにかく確認をしなければならないです」試験官は心電計型の端末の前に立った。タブレット端末を横に置き「調査員の権限で彼の意識のコードを確認します。一応、もう一人解錠するための人手がいるので、合図でタブレット画面上のエンターキーを押して下さい」

「分かりました」

二人で同時にキーを押してから試験官は出てきたコードを見た。

「そういえば夢の中にどうして薔薇が現れるんです?」検視官が話しかけた。

「薔薇は『美女と野獣』のキーアイテムです。それをここでは、見ているのが夢の方だと教えるための合図にしているんです。大半が違和感があったり、注意を向けたものの上に出現させて。人造人間が気付く場合もありますし、私のような調査官がログを見る際に区別がつくように入れたマークですね」

「……こちらの方は私にはさっぱり分かりません」検視官はそう言って背後から画面を覗き込んだ。

「見つけた」試験官はつぶやいた。「解除はされていない」

「では」

「彼の安全装置はかかったままだった」試験官はそっとキーボードを操作した。「今までは」


試験官がエンターキーを押すと同時に検視台の上のB-1013の目が見開いた。

それから口を開いて出した舌先に薔薇の花弁のような羽毛が現れた。

検視官はそっと手術着の首筋に手を当て少しずらしてはだけさせると鎖骨の下に薔薇の線画が現れた。

試験官が彼ら二人の前に出した手にはクリーム色の薔薇の花があった。

「この薔薇の名前はね」試験官だったB-1013が言った。「Belleベル Romanticaロマンティカというんだ」

「さあ、人間に戻った」三人のB-1013たちはBelle Romanticaに向かってつぶやいた。



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