心を合わせて

決闘まであと二週間。

その日の放課後、リトナは演習場の使用許可を得るべく教官室に訪れていた。


申請書に目を通したジエド教官は難しい顔をして呟く。


「ふむ……。許可を出してやりたいのは山々だが、騎士科の生徒が何と言うか……」


だがそんな難しい顔をするジエド教官に対し、リトナは首を横に振ると言った。


「いえ、大丈夫なはずです。演習場は演習場でも僕達が使いたいのはあっちの方で……」


そう言ってリトナが示したのは演習場の隅、人工的に作られた山岳森林エリアだった。






グランネシア騎士養成学園演習場。


街の4分の1を占める学園の敷地、その大半を占める広大な演習場であり。


一般的な平原エリアの他に、巨大な二つの山が並んでそびえ立つ山岳エリア。

山の麓に作られた森林エリア。

山岳から連なる川と、それが流れ落ちる湖エリア等。


様々な状況に対応する訓練用として人工的に作られた、アスレチックエリアである。


しかし騎士機の決闘は正々堂々正面から、何の障害物もない平地で行われるのが殆どであり。

現在、訓練目的で平地エリア以外を使う騎士科生徒は、全くと言っていい程存在しない。






「まああの辺りであれば騎士科生徒も文句は言わないと思うが、あんな所で訓練になるのか?」

「問題ありません。いえ、むしろあそこがいいんです」


今はほとんど使われていないエリアを使いたいと言うリトナに対し、ジエド教官は不思議に思いながらも許可を出す。


「まあいい。では今日から二週間後までまとめて申請の許可を出しておこう」

「ありがとうございます!」


そう言ってリトナは頭を下げるその場から立ち去ろうとする。

その時……


「リトナ・リアス」


ジエド教官は、教官室を出て行こうとするリトナを呼び止めると言った。


「お前とラディウス達が何をしているのかは知らん。だが……後悔だけはしない様に全力を尽くせ」

「……はい! 失礼します!」


そう言ってもう一度勢いよく頭を下げてから、リトナは教官室を後にし駆け出して行ったのだった。






リトナが演習場の許可を取り付けている間。

オレ達は例の大型トレーラーにディグを搭載し、演習場の隅の方に来ていた。


その時、小型バイクに乗ったリトナがやってきた。


「ラディー! 許可取って来たよー! オッケーだってー!」

「おうサンキュー!」


リトナが戻ってきたのを確認すると、オッサンが俺達を集合させる。


「よし、揃ったな。それじゃあ、騎士決闘本番に備えた訓練を始めるぞ」


その言葉に頷きながらも、オレは開口一番疑問に思っていた事を聞いた。


「それはいいけどよ、何でこんな場所なんだ? 確かにここも演習場には違いないが、決闘をするのは平地だぜ? こんな所で訓練して意味あんのかよ?」


そう問いかけるオレに対し、オッサンは不思議そうな顔をしながら問い返す。


「なんだ小僧、お前騎士科の連中と平地で正面からやりあうつもりだったのか?」

「はあ? 当たり前だろうが!」


オレはオッサンに向かってそう威勢よく返すが、それに対しオッサンは軽くため息をつくと告げた。


「なら断言してやる。お前らの勝ちは100%無い」

「なっ!?」


勝率1%すらないと言うオッサンに対し、オレは納得出来ず食い下がる。


「何でんな事が分かんだよ! 勝負はやってみなけりゃ……!」


だがそう食い下がろうとするオレに対し、オッサンは静かにその名を告げた。


「アルテ・レイシュラッド」

「ッ!!!」

「もちろん知ってるな? あのアルス・レイシュラッドの一人娘、最強の騎士から受け継いだ天賦の才を持つ娘だ」

「……」


その言葉に、オレは口を閉ざす。


「他の騎士科連中であれば今のお前達なら万が一も有り得るかもしれん、だがあの娘は別だ。どう足掻いても勝ち目はない」


オッサンの言う通りだ。

騎士科主席を名乗るマーベリックやその取り巻き連中であれば、今のオレとディグならギリギリ勝てるかもしれない。


だが……アイツだけは別だ。


訓練場での一件の後、数えきれない程脳内で仮想戦闘を行ってみたが、何万回挑もうとアルテ相手では勝ち筋が全く見えない。しかし……


「いやそれでも! 奇跡が起きる可能性だってゼロじゃ……!」


尚も食い下がるオレに対し、オッサンは静かに告げた。


「いいか小僧、奇跡を天に願うな。奇跡って言うのはな、考えうるだけの知恵と努力、それらを全て出し切り。それでも……あと「一歩」届かない。そんな時に……」


そう言って、オッサンはオレの胸に拳を突き出す。


「自分の「ここ」から、自然と湧き上がってくる物だ。決して忘れるな」


オッサンの言葉に、オレは静かに頷いた。


「ならいい」


そう告げるオッサンに、オレはさっき浮かんだ素朴な疑問を投げかけてみる。


「オッサン……、あんたはアイツ……アルテ・レイシュラッドの事知ってるのか?」

「ん? まあな。その内話してやる」


オッサンはそれ以上答えず、オレ達三人に向かって言った。


「よし、訓練を始めるぞ。お前達はまずこの辺りの地形を完全に頭に叩き込め、目を瞑ってても散歩出来るぐらいにな!」


その号令と共に、演習場の隅で俺達の訓練……。

騎士科に勝つ為の作戦が始まったのだった。






それから、更に一週間が過ぎた。


オレとリトナ、フラットの三人は授業の終了と同時に工場へと向かい。

整備、演習場での訓練、ディグの調整の毎日を過ごしていた。しかし……






日は沈み、辺りは既に暗闇に包まれている。

だがその工場は今日も灯りが灯っており、中では絶えず整備の音が鳴り響いていた。


整備を続ける三人の学生を見ながら、男は考える。


(これはマズイな……。連日の整備に訓練……こいつらの疲労は既に限界に達しつつある)


眠そうな目で、それでも手を止めず整備を続けるリトナとフラット。

体力的に他の二人より勝っているラディウスも、連日の剣の修行で疲労困憊となっていた。


(これ以上は無理だな、休ませるしかない。しかし……整備や訓練の時間を減らせば、一週間後の決闘に間に合わなくなる)


休息を取っても取らなくても、勝率は大幅に下がる事になる。

だが、それを解決する手段もない。


(このままでは……)


男は表情を険しくする。

だが、そんな時だった……。






「……毎日授業は終わったと同時に居なくなってたと思ったら、こんなもんを作ってたのか」


工場内に響いた部外者の声にオレ達は一斉に振り返る。

そこに立っていたのは……


「お前……ナージア」


オレ達と同じクラスのナージア・ロウの姿だった。


「お前こそ、こんな所に何しに来たんだよ」


オレは整備の手を止め、ナージアに向かって言う。


「……」


しかしナージアはその質問には答えず、工場に鎮座するディグを見上げながら言った。


「酷い騎士機だな」

「ああ!?」

「勝てるのかよ……、こんな機体で」


ナージアのその言葉に、普段であれば感情任せに言い返していただろう。

だが……オレはそうしなかった。


何故なら、その時のナージアの表情がとても辛い物に見えたからだ。

だから、オレは……


「……分かんねえよそんな事」


正直に今思っている事を口に出していた。


「だったら……、全部無駄なんじゃないのか? 苦労も努力も、全部何もかも意味のない事なんじゃないのか?」

「かもな」

「なら……やめようとは思わないのか?」


その言葉にオレは少し考え込む。


そうだ、最初からこれは勝てる保証なんて一つもない戦い。

どれだけ頑張ってもそれが報われるとは限らない。

負けたら全てが無意味に終わる、ナージアの言う通りかもしれない。それでも……


「思わねえ」


オレはハッキリとそう答えていた。

驚きの表情を見せるナージアに向かって、オレは続けて言う。


「確かにオマエの言う通りだよ、オレ達のやってる事なんて全く無意味な事なのかもしれない。けどそれでも、オレはやめねえ」

「……どうしてだよ?」

「気に入らねえからだ。騎士科の連中がじゃねえ。何をやったって報われないだろうってこの現実と、それを受け入れようとしてるオレ自身がだ。だからオレは戦う、無意味だろうとそんな事は関係ねえ。自分を騙して死んだ様に生きるなんてオレには無理だ。オレは、オレがオレ自身であり続けたいから戦うんだよ」


その言葉に、ナージアは俯く。

誰も口を開かず、静寂が辺りを包みこんだ。


その後しばらくして……ナージアが呟いた。


「俺は……お前とは違う、きっと何もかも諦めたとしても生きていく事は出来る。平民として、貴族の道具として生きていく事が出来る」

「……」

「けど、今俺は……!」


そしてナージアは顔を上げると、こう答えた。


「戦いたいって、そう思った!」


吹っ切れた表情で叫んだナージアは、次に建物の入り口を振り返ると叫んだ!


「お前達はどうする!?」


次の瞬間、その言葉に応える様に「おおっ!」という雄たけびが響き、同じクラスの連中が次々と姿を現した。そして……!


「もちろん! 俺達だって同じだぜ!」

「ああ、俺達も戦うぜラディウス!」

「私達整備課だってやれるって事、証明しよう!」


そう声を上げると、整備道具を手にディグの整備に取り掛かった。


「ほら! リトナとフラットも休んでて! 二人は指示だけ出してくれればいいから!」

「みんな……」


オレ達の代わりに作業を始めようとするクラス全員に対し、ナージアが大きな声で激を飛ばす!


「残り一週間だ! コイツを完璧に仕上げるぞ! 俺達整備課の底力見せてやろうぜ!」

「「おお!!!!!」」






一気に騒がしくなった工場内を見渡しながら、男はフッと笑みを浮かべる。

そして誰にも気づかれない様静かに工場の外れに歩いていくと、目の前に広がる暗闇に向かって言った。


「これもお前の思惑通りか?」


その言葉に、目の前の暗闇からスゥっと金色の髪の女が現れる。

そしてその女、アルテ・レイシュラッドは男の前に立つと静かに頭を下げた。


「ご無沙汰しております、師匠」


そう言って頭を下げる女に対し、男はバツが悪そうに答える。


「師匠は止めろ、俺は大した事は教えていない。お前の剣を見て少しアドバイスしただけだ」

「……」


全く表情を変えないアルテに対し、男は続けて言う。


「あの小僧がここに来るように仕向けたのもお前だな?」

「はい」

「何でそんな回りくどい真似を?」


男の問いかけに対し、アルテは少しだけ迷った様に口ごもる。

その後……自分の中の思いを確かめる様にぽつぽつと口を開いた。


「私はただ……、彼にもう一度立ち上がってもらいたかっただけです。彼と戦い……そして……確かめたかった」


アルテの言葉は半分程意味の分からない物であったが、男は追求する事なく黙って聞いていた。そして……


「彼の事をよろしくお願いします、師匠」


そう言って頭を下げると、アルテは静かにその場から立ち去っていった。


「ふん……」


男はアルテの後ろ姿を見送ると、工場の中に戻る。

そして工場内を見渡すと……


「おい! 小僧共! それと……お前! こっちに来い!」


ラディウス、リトナ、フラット。

それと全体の指揮を執っていたナージアを呼び寄せた。


「あん? なんだよオッサン」

「今後の整備プランについてだ、コイツを見ろ」


そう言って男は、目の前のテーブルに図面を広げる。そして……


「あ……? なんだよコレ……!」

「嘘……、凄い! これは一体!?」


それを見て驚愕するラディウス達に対し、男は告げる。


「コイツがディグの本当の姿だ。あと一週間しかなかったし、ここまで完成させるのは諦めてたんだがな。どうやらお前らのお陰で間に合いそうだ」


男が見せたディグの本当の姿に、ラディウスはごくりと唾を飲み込むと呟いた。


「コイツなら……! アイツらに勝てる!!!」

「そういう訳だ。一週間後の決闘、勝ちにいくぞ」

「ああ! 当然だぜ!」


新たに闘志を燃やすラディウスに対し、男はフッと笑みを浮かべるのだった。






それからしばらくした頃、レイシュラッド邸でも……


「入りたまえ」


書斎のドアを叩くノックに、その館の主人アルス・レイシュラッドが答える。


「失礼します」


そう言って部屋の中に姿を現したのは、彼の娘アルテ・レイシュラッドだった。


「ん? どうしたんだいアルテ? こんな夜更けに」


穏やかな声でそう問いかける父親に向かって、アルテは……


「お父様。二つ、お父様にお願いがあって参りました」


その瞳に静かな闘志を燃やしながら答えるのだった。






そしてあっという間に時間は過ぎ、騎士決闘前日……。


整備課の教室のドアを開け、いつも通りジエド教官が授業開始の合図を出そうとする。


「それでは授業を……」


しかしその瞬間、彼の言葉は途切れた。


広い教室にいくつもの机と椅子。

しかし肝心の授業を受ける生徒が誰一人として居なかったからだ。


「これは……?」


首を傾げながらも教壇の前まで歩いてくるジエド。

その時、教壇の上に一枚の紙が置いてある事に気付いた。その紙には……


『今日は全員授業をサボります』


とあった。


それを見たジエドは絶句し、しばらくして大きくため息を吐いた。そして……


「……決闘が終わったら全員補習だな」


と、笑みを浮かべながら呟いた。






時を同じくして、ジャンク街の片隅にある工場。

その中を何十人もの学生達が忙しそうに走りまわっていた。


「ホイールのテストするぞ! 回して! ……オッケー! ストップ! 誰かグリス持ってきて!」

「ねえ! こっちのジョイントの強度これでいいの!?」

「そこのジョイントはそれでオッケーだ! それ以上固くすると関節が動かなくなるぞ!」


絶え間なく行われる整備作業。

そして日が沈みかけた頃、作業も佳境を迎え……


「2号機の調整終わりました!」

「3号機もオッケーだ! 追加装備の動作確認も完了した!」

「あとは1号機だけだ、ラディウス!」


ナージアの声に、コクピットの中からラディウスが返事をする。


「各部駆動系クリア……、武器システム問題無し……、エンジン出力……、連結用ジョイント駆動……オッケー! 全システム問題なしだ!」


それを聞いたナージアは、整備を監督していた男に向かって頷く。

そして男は、その場に居た全員に向かって宣言した。


「よし! 全行程完了!!!」


その声と共に、工場内にわあっ! と歓声が上がる!


鉄と鋼によって作られ、魔力を介さず動く機体。

鉄鋼機ディグが完成したのだった!






――そして日が沈み、朝が来る。


いよいよ、騎士決闘当日!

決戦の日が訪れた……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る