異世界征服に飽きた魔王様に求婚されたバツイチアラサーですが、元旦那の裏切りで恋愛も結婚もこりごりなのにデートすることになりました
真霜ナオ
01
「コハル、お前はやはりオレの嫁になるべきだ」
「ちょ、ちょっと待って……! だからどうしてそうなるの!?」
何がどうしてこうなったのかは、私にもよくわからない。
ただ目の前にいるこの男が、私の知る常識とは違った世界を生きていることだけは理解できた。
晴れて新卒で就職した会社で、後に夫となる男性に出会う。けれど、結婚生活は三年であっけなく終わりを迎えてしまった。
いつしか異性と関わること自体が面倒になり、気づけば会社にいる時間以外は、自堕落な生活を送るようになっていた。
親しい友人たちは、結婚に出産にと順調な人生を歩んでいる。
それを羨ましいと思わないわけではなかったが、私の人生は私のものだ。新しく誰かと縁を繋ごうだなんて、今さら考えるのも
だというのに。
独り身で迎えた何度目かの秋が終わる頃、私の日常は前触れもなく壊されてしまうことになる。
真っ黒な長髪に赤い瞳、尖った犬歯、マントのついたコスプレのような黒づくめの服。左右のこめかみからは、赤い色をしたツノらしきものが生えている。
その男は、文字通り突然目の前に現れた。
「お前、名前は?」
「え……? 山口小春ですけど……」
「コハル! お前をオレの嫁にする」
「…………はい?」
一人暮らしのマンションの三階に突然現れたその男は、突拍子もないことを口にする。
だらだらと過ごすうちに、うたた寝をしてしまったのかと思った。けれど、どうやら夢ではなさそうだ。
「どうやって不法侵入したのか知らないけど、警察呼びますよ!?」
何を馬鹿正直に受け答えをしているのかと我に返る。不審者として警察を呼ぼうと思ったのだが、男は動じる様子もない。
それどころか、私のスマホを取り上げると興味深そうにそれを弄っている。
「ケイサツ? よくわからんが、誰を呼ぼうがオレを追い払うことはできんぞ。魔王だからな」
「魔王……?」
(ダメだ、この人もしかすると厨二病ってやつなのかもしれない)
そう思ったのだが、男は本当に突然目の前に現れたのだ。どこかに潜んでいたわけでも、扉や窓を開けて入ってきたわけでもない。
よほど巧妙な手品でもない限り、普通の人間でないことはわかる。
「……どういうつもりかわかりませんが、あなたが魔王だっていうなら、どうして私なんかの部屋にいるんですか?」
「うむ。つい先日まで世界征服をしていたんだが、段々飽きてきてな。嫁を捜しにきたんだが、オレと相性のいい人間を占ったらここに辿り着いた」
「世界征服に飽きるって……仮にそれが本当だとして、嫁とか言われても困るんですが」
「まあそう言うな。……ん? コレは何だ?」
人の話を聞いていないのかマイペースなのか、魔王だという男は私のパソコンに目をつけると、勝手にキーボードを触り始める。
「ちょ、勝手に触らないで!」
見られて困るようなものは無いのだが、買い換えたばかりの新品なのだ。壊されでもしたらたまらない。
彼はそれを阻まれると、今度は勝手に冷蔵庫を漁り始めた。
「あの、私は嫁とかならないですし。魔王だか何だか知りませんが、時間の無駄なのでお帰りください」
「無駄かどうかはオレが決める。それに、お前を嫁にするとも決めた」
「だから……」
ダメだ、話が通じない。ただでさえ昨日はネット動画に夢中になりすぎて、寝不足の頭なのだ。
男を追い出す上手い言葉を見つけることができずに、私も思考がおかしなことになっていたのかもしれない。
「大体、いきなり嫁って話が
「……段階とはどういうことだ?」
「だから、たとえばデートをしたりして。お互いのことを知って、好意を抱いてから結婚するものなんじゃないかと」
お見合いや婚活ならば段階を飛ばすこともあるかもしれない。けれど私にはそんなつもりもなければ、この男とは出会ってまだ20分も経っていないのだ。
交換日記から始めましょうとは言わないが、さすがに魔王を自称する怪しい男と結婚をする気にはなれない。
「そうか、ならそのデートというやつをするぞ!」
「え……?」
何か考えている様子だったので、諦めてくれたかと思ったのに。
デートをすれば結婚できると思ったらしい男は、有無を言わさず私を外へと引っ張り出した。
その姿では目立つからと外出を却下したのに、それならばと男は紫色の煙に包まれる。
煙が晴れた中から現れたのは、ツノが消え、長かった髪も短く変化した姿だった。
服装もこの世界に合わせて、黒いジャケットと白シャツにジーンズのラフな姿に変わっている。
私自身が部屋着にスッピンだから無理だと悪あがきもしてみたけれど、こちらもまた男が不思議な力を使ったらしい。
彼が指を鳴らすと、なぜか身に着けていた部屋着は私のお気に入りの外出着に変わり、メイクもばっちりの状態になっていた。
(この人、本当に別の世界から来たんだ……)
魔王だなんてあり得ないと思っていたが、こんな魔法のようなものを見せられては、信じるしかないだろう。壮大なドッキリ企画でなければの話なのだが。
「フフン、これで問題ないだろう? コハル、行くぞ」
こんなこともできるんだぞ、という得意げな様子が、少しだけ可愛く見えてしまったのは気のせいだと思うことにする。
男は私の手を取ると、賑わう駅の方へ向かって歩き出した。
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