『白銀の騎士』

 真夜中、街は静まりかえっていた。


 街の中心から少し外れた雑居ビルの屋上に人影が見える。


 短い黒髪が尖がって跳ね、日に焼けた肌に、黒の瞳。

 ブルーのデニムに、真っ赤な半袖シャツを羽織った男。


 八剣太陽は屋上から街を見下ろしていた。




「ヒル子、どうだ? 」


 俺は顔を後ろ斜めに向ける。視線の先に一人の少女が浮かんでいた。


 橙色の背中まで伸ばした長髪に、額には日の光のように四方に伸びる黄金と真紅の宝石が組み合わされた王冠。

 白妙の巫女服に裏地が金のマントを羽織っている。 


 ヒル子と呼ばれた少女は、首を振る。


「何にも見えないのじゃ」


「ここ数日、不審な影が目撃されてるのがニュースになってただろ。何かいるに違いねえ、そうだろ? 」


 俺はビルから目を凝らして、街を見る。


 あの戦い以来、訪れた束の間の安寧は、不穏な影と共に消え去ろうとしていた。


 テレビで目にしたそれを前兆と捉えた俺は、ここ数日、無人の雑居ビルから街を見張っていた。


「ニャルラトテップの仕業じゃと思うのか? 我らが追い払ったというのに」


「わからねえ。だけど、他にいるか? こんなこと仕掛け来る奴は」


 と、喋っていたその時だった。


「むっ⁈ 」


 ヒル子が射抜くような鋭い視線で眼下の街を見つめる。


 その刹那、左手首にはまっている神から授けられた腕輪、イマジナイトが警告の赤い光を発すると同時にヒル子が指をさす。


「太陽! あれを見るのじゃ! 」


 俺のいる雑居ビルからすぐ近くにある飲み屋街。


 建物と建物の間にある狭い通路のゴミ箱にもたれて寝ているスーツ姿の男の近くに、黒い靄のようなものが見える。


「やべえ、人がいるぞ! 」


 俺は間髪入れずに駆け出す。ビルからビルの端に向かって。


 そしてそこから一気に飛び降りる。


「イマジナシオン! 」


 左手に装着された腕輪の紋章が赤く光る。


 光に包まれ、そこから、赤いマントと白銀の鎧に包まれた騎士となった騎士に変身する。


「太陽! お主も知っておろうが今は我は力が使えぬ! 」


「構わねえ、俺一人でやれる! 」


 ビルとビルの間に現れた闇の前に着地した俺は、サラリーマンを呑み込んでいるのを見て、瞬時に闇に向かって飛び込んでいく。


 全身を覆う不快感に耐え、地面に着地した俺が顔を上げる。


 先ほどいた場所と同じビルとビルの間。


 だが、左右の建物は崩れ落ちる寸前のようにひび割れ、兜越しに見える視界が歪む程、大気が毒々しい空気に満ちていた。


 そして、巨大な芋虫が浮かんでいた。


 人間の倍程の長さの胴体には複数の牙の生えた口を広げ、細長い脚が何本も生えている。そして頭部周辺に複数の眼が光っていた。


 身をくねらせ浮かんでいる怪物が、その下にいる酩酊し仰向けに倒れている男を今にも食べようと目を光らす。


「させっかよぉおおおお! 」


 俺は左腕を伸ばし、左手を広げる。


「来い!」


 俺が叫ぶと同時に左手の先に光の粒子が集まっていき、それが巨大な剣となる。



 脅威を認識したのか奇怪な叫び声をあげて怪物が俺に迫る。


 怪物が通路全体を埋めるように、突進してくる。


「太陽、どうするのじゃ?! 逃げ場がないのじゃ! 」


「まあ見てろって!」


 駆けだした俺は、突進してきた怪物を避けるように咄嗟に体を反らしスライディングをする。


 滑るように俺は怪物の真下を掻い潜る。


 怪物が目の前にいた俺を見失い、後ろを向こうとするも、通路の狭さに壁にぶつかり、身動きがとれなくなる。


「悪いがやらせてもらうぜ! 」


 起き上がった俺は、剣を大上段に構え、飛び込んでいく。


 左右の建物を砕き、ようやく怪物が俺を真正面に捉えた瞬間、振り下ろした剣が怪物を真っ二つに切り裂いていく。


 俺が剣を振り払い、後ろを向くと、断末魔の声を上げ、芋虫が爆散する。


 空間がひび割れ、異界が崩れ落ち、俺は現実世界に戻っていた。


「ふむ! 流石じゃ太陽! 」


「あの程度の怪物、奴に比べればどうってことねえ」


 と変身を解いた俺がヒル子と喋っていると、視線を感じる。


 酔い潰れて倒れていたはずの禿頭のサラリーマンが、意識を取り戻したのか壁にもたれながら俺を見ていた。


 一瞬バレたかと思ったが、


「 ふむ。怪物に変身ヒーローだと……夢に違いない……」


 と言うと、そのまま飲み屋街の方へとふらふらと歩いていった。


 俺はサラリーマンが何処かへ行ったのを見届けると一息つく。


「あの者、今まさに自分が殺される寸前じゃったなんて、夢にも思ってなさそうじゃの」


 呆れたようにヒル子が呟く。


「俺たちにとっては好都合だ。そうだろ? 」


「確かにそれはそうじゃ! 」

 と言うとヒル子が大きく欠伸をする。


「今宵はもうよかろう! そろそろ我は寝る! 太陽も帰るのじゃ! 」


 と言うと、ヒル子が光の玉となって、イマジナイトの中に戻る。


 俺はその場を去ろうとして、一瞬振り返り、闇が現れた場所を見る。


「てめらの好き勝手にできると思うなよ」


 俺は闇に向かって呟くと、その場を離れた。

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