.CRY.

緋奈 椋

.CRY.

 フットペダルを踏む。ギターフレーズを、重ねて、重ねて、ハーモニーを重ねて、どんどん景色が膨らんでくる。

 響きが山の最奥にまで伝わっていくのが見える。楽しませてやる。衝動に襲われ歌いだす。ギターと声が調和する。体温はあっという間に上昇する。ステージの上だといつもこうだった。みんなが僕を待っている。声に乗って空を飛びまわる楽しさを、ずっと胸の奥で眠らせていた。どこまでも飛んでいける。

もっと激しく、まだ。アコースティックギターをかき鳴らすと指の腹がずきりと痛むけれど。強く歌うほど酸素が失われていくけれど。それでも楽しませると決めたからには、歌手でいなければ。全部を背負ってここに立たなければ。

 音楽が夢を見せてくれるのはきっと、リズムが始まるとこの場所が現実と夢の狭間になるからだ。僕はそこで何度でもあの人に会う。声が空に溶ける瞬間、胸に涼しい風が吹く。

 あの女の子が客席にいるのが一瞬だけ見える。彼女が僕をきらきらした瞳で見上げている。魔法使いみたい、と思っているんだろう、あの人を見ていた僕と同じ顔だった。


境界が消える。

これは僕らの物語だ。


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