バッドエンド1:ムルキベル

 聖女フォルトゥナの野望を阻止しようと、神殿内で働きかけようにも、周りは彼女に心酔した者ばかり。

 一介の行儀見習いのウエスタの声を聞く者は、わずかばかりだった。

 せめて発言力を上げようと、幻獣対峙に精を出しても、聖女フォルトゥナが起こす奇跡の前では、俺たちの行いは砂漠に落とした一滴の雨粒と同じ。ほとんどが徒労に終わる中、ウエスタは必死に戦っていたが。

 それでも、とうとう彼女は捕らえられた。


「ウエスタ……!!」


 神殿騎士の仲間たちは、彼女に剣を向けて捕縛する。

 今まで必死に各地を駆けずり回っていた、大きな力はなくとも、慈愛の心を持っていたウエスタは、ひどく小さな女の子に見えた。


「……私のことは、どうなってもかまいません」

「なにを言う、ウエスタ」

「私を聖女フォルトゥナに逆らった異端者として処刑するなら、それもかまいません! ただ、どうか皆は私が巻き込みました! 私以外、誰も殺さないで……!!」


 ウエスタの絶叫を、黙って聖女フォルトゥナは聞いていた。

 ……俺たちは既に、彼女がどれだけおそろしいことをしようとしていたかを知っている。世界を滅ぼすために、この世界のマナを無理矢理かき集め、各地を砂漠に変えてきたことも、各地から犠牲を出して命からマナを搾り取っていたことも、全て知っている。

 だが、なにも知らない者からしてみれば、汚れひとつない真っ白な装束、白いベールを被った気高い女性を、どうやってこの世界を滅びそうとしているなんて理解できるだろうか。彼女は慈愛の笑みを浮かべながら、ウエスタの訴えを聞いていた。

 やがて、彼女はにこりと笑う。


「わかりました。ウエスタ、その慈悲に免じて、あなたにたぶらかされた全ての人々を赦しましょう」

「フォルトゥナ様!? 奴らは異端者であり、我らの裏切り者です! それを生かすだなんてとんでもない!」

「いいえ。彼らはわたくしの言うことを聞くしかできなくなります。彼女は煉獄に入れますから」


 それに俺は愕然とした。

 煉獄。それは聖女フォルトゥナの持つ奇跡の力のひとつ。

 異端者をその中に捕らえ、悔い改めるまで無限に煉獄の中で繰り返し絶望を見せるという。あの中に彼女を入れるというのか……!?


「待ってください聖女フォルトゥナ! それならば、私も……!!」

「ムルキベル、いけません。あなたは神殿騎士の使命を忘れ、異端者側に着いてしまった以上は、悔い改めなければなりません。異端者が繰り返し煉獄で焼かれるのを、きちんと見届けなければなりませんよ」


 要は、彼女が絶望して心が摩耗していく様をずっと見続けるということだ。

 それにメルクリウスは「そうですか」と静かに言った。


「かしこまりました、聖女フォルトゥナ、あなたの意思のままに」

「おい、メルクリウス。いくらなんでもそりゃなくないかい?」


 常に知的好奇心を最優先するメルクリウスは、ウエスタが捕らえられた時点で既に聖女フォルトゥナ側に組してしまっていた。彼は知的好奇心の強い側に常に着くのだから。

 それを普段ならばちゃらんぽらんでいい加減なオケアヌスが咎めるが、全く聞く耳は持たない。


「これで死んでは知識も消えてなくなる。それならば、生きて知識を活かす方が建設的ではないか?」

「おれ、あんたのそういうところ大嫌い」


 オケアヌスが呆れた顔をしている中、グラディウスはずっと捕らえられているウエスタを見つめている。


「ウエスタ……」

「……私のことは気にしないでグラディウス……。私は、皆を巻き込んだから」


 これが、彼女と話をした最期の時だった。


「それでは連れて行きましょう。あなたがすぐに悔い改めるのならば、解放は早いですが……あなたが悔い改めることがないのならば、それは無限に等しい罰を受け続けることとなるでしょう。それでは連行なさい」


 彼女の小さな背中が神殿騎士たちに囲まれ、ついに見えなくなってしまった。


「ウエスタ……ウエスタ…………!!」


 彼女はただ、孤立無援な神殿の中で、真実をどうにか公表しようとしただけ。

 世界を守ろうとしただけ。なのに彼女は聖女の力を持って罰を受けようとする。彼女は……そこまで悪いことをしたのか?

 神殿騎士たちに連行されていこうとするウエスタを取り戻そうと走り出そうとしたが、すぐにグラディウスに手を掴まれた。


「……ウエスタの犠牲を、無駄にする気!?」

「彼女はまだ、死んではいない!」

「でも! 聖女の煉獄に捕らえられたら、もう逃げ出すことなんてできないよ! 彼女は……廃人にされちゃうってわかっててオレたちを逃がしたことわかってるでしょう!?」

「……っ!1」


 グラディウスは泣いていた。泣きたいのは俺のほうだ。

 それを静かに見つめていたメルクリウスは「ふむ」と顎を撫でていた。それをげんなりとした顔でオケアヌスは眺めている。


「なんだよ、あんた聖女に着いたんじゃなかったのか?」

「いや。ウエスタは俺たちの中でも力なんてほぼない。なのに聖女が固執した理由はなにかと思ってな」

「……はあ?」

「異端者を始末するならば、俺たち全員、その場で煉獄に捕らえればそれで終わるはずなのに、わざわざ俺たちを生かし、ウエスタだけ煉獄に捕らえた。たしかに俺たちを逆らわないようにするための人質として捕まえたという話は通るが……本当にそれだけか?」

「なによ。それならウエスタを煉獄に捕らえることそのものが目的だと?」

「聖女の奇跡の力は、神官にも全ては伝えられてないからな」


 ふたりの会話が耳を擦り抜けていく。

 俺は、ただ助けられた空虚な命の捨て所だけを考えていた。

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