攻略対象全員集合
次の日、私は早朝に学校に出かける。
鞄には百均で買い占めたお箸。フォークやナイフも考えたものの、あんなものたくさん持ち歩いたら重くて仕方なく、結局は木の箸ならば束になってもそこまで重くなくっていいよねということだった。
ウエスタの戦い方があまりのもしょぼくて泣きたい。お皿とかをフリスビーの要領で投げられたらいいものの、いくら百均のお皿でもチャカポコ割れると罪悪感がすごいから、これでよかったような気がする。
それはさておいて。早朝に羅馬大学付属高校に入ったのは他でもない。
私が記憶を全く取り戻せないにしても、せめてフォルトゥナ神話について、図書館で勉強できないかと思った次第だった。
うちの高校の図書館は二階建てで、一階はパソコン室があり、そこでプログラミング実習などを行っている。二階の図書館は壮観であり、書庫も含めて古今東西の本が読めるというすごい図書館だ。本当だったら高校に高校関係者以外は立入禁止なものの、図書館に限っては校門で警備員さんから許可書をもらったら、地元民でも開放されているレベルで蔵書が豊富なのだ。
そこでフォルトゥナ神話について、もうちょっと勉強しておきたかったのだ。
なによりも。
私も時分の覚えている『逆行のフォルトゥナ』のルートを書き出して、それと照らし合わせて答え合わせをしておきたい。
どういう理屈なのか、前世の記憶はあやふやな癖して、前々世で遊んでいた『フォルトゥナ』のゲームシナリオは思い出せる。これ、私が前世で何度もやり直した結果のペナルティーで記憶が曖昧な癖に、ゲームシナリオ自体は思い出せるっていう変なことになってるなあ。
図書館に入ると、羅馬大学の教授らしき人や学生らしき人たちが既に閲覧席のほうに座り、一生懸命本の内容を書き写しているのが見受けられた。私も閲覧席に一旦鞄を置くと、急いでフォルトゥナ神話を探しはじめた。暁先輩の書いていた小説のシェアワールドではなく、神話の本だ。
案の定というべきか、神話系統の本のところから、ローマ神話やギリシャ神話がごっそりと抜け落ちていた。その代わり、日本神話や中国神話は並んでいるんだから、なんだかなあと思う。
その中でフォルトゥナ神話の一番わかりやすそうな本を一冊取り出すと、それを読みながら、私は一旦自分の思い出せる限りの『フォルトゥナ』のゲーム内容を書きはじめていった。
共通ルートでは、フォルトゥナが世界を滅ぼそうとするところからはじまり、神殿内の人たちに話しかけて、どうにかしてフォルトゥナの野望を阻止しようと動き出すウエスタ。このゲームの難しいところのひとつは、戦闘もだけれどルート分岐だ。キャラの好感度を上げればルートに入れるっていうのだったらいいんだけれど、キャラの好感度が数字や戦闘では上がらず、フォルトゥナの野望とどう向き合うかの選択肢で選ばれるという、ややこしいことになっている。
たとえば無辜の民を守るっていう選択肢ならば、ムルキベルやグラディウスの好感度は上がるけれど、メルクリウスやオケアヌスの好感度は上がらない。真相追究ならばメルクリウスの好感度は上がるけれど、他のキャラの好感度は下がる……みたいな、細か過ぎる分岐だ。
戦闘システムだけでなく、選択肢分岐にまで気を遣わないといけなくって、攻略Wikiを見ながらじゃないと攻略不可能という、基本的に乙女ゲームユーザーの過半数はゲーム音痴なのだから、乙女ゲームユーザー泣かせなシステム搭載して、不人気だったのが『逆行のフォルトゥナ』だったんだ。
私が知っている限り、全てのバッドエンドは、ウエスタが誰かのルート入りしたときに死ぬデッドエンドが四種類。これは全部見た……はず。ペナルティーで記憶が割とあやふやだけれど、たしかにたくさん死んだ覚えはあるんだから。
攻略対象が死ぬルートが三種類。メルクリウス以外は攻略対象が死ぬルートがあるんだ……本当にブラックサレナはバッドエンドをたくさん突っ込むことにこだわるなあ。
信頼を保ち続けることができず、フォルトゥナに野望阻止を告げ口されてしまう裏切りルートが三種類。キャラの設定上、グラディウスだけは絶対に裏切らないんだよなあ。あの子の性格は気まぐれな割には。
そして誰のルートに入ることもできず、フォルトゥナの野望を阻止することもできなかったノーマルルートが一種類。これノーマルか。世界滅んでいるけどノーマルなのか。
これを繰り返したら、負の成功体験積み重ねた末に、乙女ゲームのヒロインすら無気力病になるよなあと、私は納得してしまった。
一応攻略対象との恋愛ルートそれぞれ二種類の八種類。誰のルートにも入らなかったものの野望を阻止することができたウエスタ覚醒エンドが一種類、全てのルートを見たあとで開示されるトゥルーエンド一種類。ここでは一応フォルトゥナの野望は阻止できたはずなんだけれど……残念だけど何度もやり直したはずなのに、恋愛ルートもフォルトゥナの野望阻止もできてなかったはず。
そこまでノートに書いてから、私はようやくフォルトゥナ神話を読みはじめた。
【女神フォルトゥナは世界再誕を願いました。
悪女ウエスタに阻止されようとしましたが、彼女を煉獄に閉じ込めて罰を与えることで、無事に世界の再誕を成し遂げたのです。】
うわあ。初っ端から世界滅んでる。
もう読むのが嫌になっていたものの、私の知っている『フォルトゥナ』とどう違うのか読んでおきたいし。なによりも悪女ウエスタについての説明も、女神フォルトゥナについての説明も本当にないんだから、確認取っておきたい。
私は本当に嫌々ページをめくりつつも、どんどん気持ちが沈んでいく。
【女神フォルトゥナの美しさで、音楽が生まれました。】
いやいやいや、女神フォルトゥナの美しさで音楽が生まれるってなに!? 妖精が曲をつくったの!? 吟遊詩人が美しさを讃えたの!? 楽器とかどこから来たの!?
【女神フォルトゥナは妖精と天使を伴って道を示し、人々は希望を知りました。】
抽象的ー! なにが起こったのか、妖精と天使の違いはなんなのか、これはなにかあったのかプロパガンダなのかさっぱりわからなーい!
【こうして世界は平和になりました。】
待って。なにもわからん。なにひとつわからん。
こんなわからない話からシェアワールド小説書いた暁先輩すごくないか。これプロパガンダっぽいことと、史実を大きくねじ曲げられていること以外なにひとつわからないぞ。
ツッコミが追いつかず、私はゼイゼイと肩で息を切らせる。これだけクソみたいなものだと思わなかった。むっちゃ時間の無駄だった。返そう。
本当に幻獣の被害さえなかったら、もう私知らない。自分の悪口書かれてる神話とか知らない、前世は前世、今は今と不貞寝を決め込むところだったけれど。
……本当に関係ない人が幻獣に跳ね飛ばされて担架で運ばれていくのを見たら、嫌だ不貞寝すると言うのも後味が悪過ぎた。
逃げ出してもいいはずなのに、大した力がないから逃げてもいいのに。私はもう乙女ゲームの主人公ですらないんだから放っておいてもいいはずなのに。罪悪感が付きまとって逃げ出す選択肢が奪われている。
なにも進展しないことに嫌気が差して前髪を引っ掻いていたら。
「えらい勉強熱心やねえ」
急に声をかけられて、私は「えっ」と顔を上げた。
ひどい色香を漂わせた先輩が立っていたのに、私は息を飲んだ。羅馬大学付属高校の制服を着て、ボタンだって全部留めているはずなのに。ただ立っているだけ、ただ少し長めの髪を指で梳いているだけで、ひどい色っぽい。その上いい匂いがする。シトラスミントの匂いは、整髪剤だろうか。
その人が私の向かいに座って、私のノートとフォルトゥナ神話を見比べていた。
私のノート……。
「うわああああああああああ!!」
思わずガバッと隠した。この世界には乙女ゲームが存在しないんだから、こんなもの見られても電波にしか思わんだろ! 知ってても乙女ゲームのルートを書き記している奴なんて、気合いの入ったオタクにしか思わんし!
私が悲鳴を上げ、閲覧席で書き写していた教授や学生が冷たい視線を向けてくる。カウンターから司書さんが「お静かに」と咎めた声を上げるので、私は縮こまる。
「すみません……叫んで」
「ええよええよ。こんなん、誰も知らんかったら、なんやこいつ思うやろうしねえ」
「へあ……」
私はこの関西弁の馴れ馴れし先輩に、どう対処すべきか困った。
こんな人、私はひとり知っているとはいえど。私の記憶がたしかなら……いや、たしかじゃないから困ってるんだけど……前世では関西弁はしゃべってなかったはずなんだけれど。
「……あのう、私をナンパですか、先輩は」
「お兄から困っとるやろうから手伝ったりぃ言われたんや」
「お兄って……あ」
そういえば。暁先輩が従兄弟が前世あるって言っていたような。
「……暁先輩の、従兄弟さんですか?」
「そっ。暁
「……私みたいなのを可愛がる人なんて、オケアヌスしか思いつきませんけど」
オケアヌスかあ……。私は思わず遠い目になった。
乙女ゲームにひとりはいる女好きキャラであり、基本的に女の子大好きな吟遊詩人であり、ウエスタのことも手伝ってくれはするものの、ルートによってはフォルトゥナに心変わりして敵対するっていうので、批判を一心に浴びていたキャラだ。これに関しては、落としきれなかったウエスタにも落ち度はあるとは思うけど、女好きキャラの生々しさを嫌でも思い知らせてくれたキャラだったなあ。
今も高校生の先輩として、色気ムンムンで立っているから、この人といるだけで、私大丈夫かと身の危険を感じる。茜と少ししゃべっただけで茜のファンを敵に回したのに、潤也先輩だって十中八九ファンや彼女……もしかするといっぱいいるかも……がいるかもしれないのに、その人たちまで敵に回したくない。
私が既に逃げ腰になっているのに、潤也先輩は「あはははは」と笑う。
「ホンマ、自分相変わらずすぐ逃げ腰になんねんなあ」
「いえ……私は現世は保身第一で生きてますんで。前世みたいな生き方はできません」
「せやね。あれは命張り過ぎやったし、体張り過ぎやったから。それで現世まで気張りぃ言うんは、酷やろね。お兄とか他の前世持ちに言われたんちゃう? 頑張りぃとか気張りぃとか」
それを指摘され、私は途端にボロッと涙が出てきた。それを潤也先輩は黙って見ていた。
……誰も私の心配をしてくれなかった。たしかに茜は私のことを気遣ってくれたし、体を張って守ってくれたけれど……それでも、私に寄り添ってはくれなかった。
暁先輩も、日盛も、前世のウエスタばかり気遣って、現世の東雲まりなのことは無視していた。私はボロボロと泣き続ける。
私、今はどれだけ前世の戦闘能力持ち越しているとはいえど、大した力じゃないし、前世でも無理だったことを現世で今度こそと言われても無理。だってバッドエンド全回収しているんだよ。なのに。なのに。
私が泣き出したのに、静かに潤也先輩は頭に手を当ててきた。撫でる訳でもなく、甘やかす訳でもなく、ただ私の頭がすっぽり入りそうなほど大きな手を当ててきた。
「まあ、今の内に泣いときぃ。無理や無理やって訴えても、どうしようもあらへんときはあるやろうし」
「……ありがとうございます。ありがとうございます」
「自分、おれになんの気もないから泣いとるやろ。他の連中の前やったら絶対虚勢張っとるやろしなあ。まあ、まりなちゃんはそれでええんとちゃう?」
なんだかチクリと刺されたような気がするけれど。今は潤也先輩が盾になってくれているおかげで安心して泣くことができた。
もうちょっとしたら予鈴が鳴るから、それまでには教室に入らないといけないんだけど。せめて涙が乾くまでは、ここにいる許可が欲しい。そう思った。
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