クラゲ編 第5話:記憶の波と、夜の終わり

 ◆ 眠れる記憶の中で


 ゆりあは、水槽の前で静かに目を閉じた。

 クラゲたちの光は、夜の闇の中でゆらゆらと優しく瞬いている。

 まるで、小さな灯火が水の中を漂っているかのように——。


「……私の記憶、ずっとここにあったんだね。」


 水族館に響く静かな波の音。

 それは"懐かしさ"を伴って、ゆりあの心に優しく溶け込んでいく。


「クック……記憶の波……」


 オウムがそっと囁く。


「記憶の波……?」


 ゆりあが呟いた瞬間、ふわりと光が揺れた。

 その光の中に——"映像"が浮かび上がる。

 ——それは、昔のゆりあの姿だった。




 ◆ 小さな約束


 映像の中のゆりあは、まだ幼かった。

 白いワンピースを着て、母親の手を握りながら、クラゲの水槽を見つめている。


「……クラゲ、きれい……」


 その瞳は、まるで魔法にかかったように輝いていた。


「ねぇ、またここに来てもいい?」


 幼いゆりあが、母親に問いかける。


「もちろん。また一緒に来ようね。」


 母親が優しく微笑みながら、ゆりあの頭を撫でる。


「でもね、クラゲさんたちはずっとここにいるから、もし迷子になったら——」


「クラゲが教えてくれる?」


「うん。クラゲはね、ちゃんと覚えてくれるのよ。」


「じゃあ、私も覚えてるよ!」


 ゆりあは、小さな手を水槽に添える。

 それに応えるように、クラゲたちはふわりと光を放った。


「……私、また来るからね。」


 クラゲたちは、光で優しく包み込むように、ゆりあの言葉に応えていた。

 ——それが、ゆりあとクラゲたちの"小さな約束"だった。




 ◆ 取り戻した記憶


「……約束、してたんだ。」


 映像が消え、ゆりあはそっと目を開けた。

 クラゲたちは、静かに揺れながら、ゆりあを見守るように光を放っている。


「忘れてたけど……私、ちゃんとここに戻ってきたんだね。」


 胸の奥が、じんわりと温かくなる。


「クック……待ってたよ……ずっと……」


 オウムが優しく囁く。

 ゆりあは、水槽に手をそっと添えた。


「待たせちゃって、ごめんね。」


 ふわりと、クラゲたちの光が瞬く。

 まるで「いいよ」と言っているように

 その瞬間——


 ——ザァァ…… ザザァ……


 "波の音"が、はっきりと聞こえた。


「この音……」


 それは、クラゲたちが記憶していた"海の音"。

 そして、ゆりあがずっと心の奥で忘れていた、"大切な場所"の音。


「……ありがとう。」


 小さく呟くと、クラゲたちの光が、いつもより少しだけ明るく輝いた。




 ◆ 夜の終わりと、新しい朝


 気づけば、空が少しずつ明るくなっていた。

 夜が終わり、静かに朝が訪れようとしている。


「もう、朝なんだね。」


 ゆりあは、名残惜しそうに水槽を見つめた。

 クラゲたちは、まるで「またおいで」と言うように、優しく揺れている。


「クック……またね……」


 オウムが、そっと羽を揺らした。


「うん、またね。」


 ゆりあは、小さく微笑んだ。

 幼い頃の約束を、思い出せた。


 そして——


 クラゲたちは、それをずっと"忘れずに"待っていてくれた。


「また来るからね。」


 最後にそう言い残して、ゆりあはゆっくりと水族館を後にした。




 To be continued…

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