ウミガメ編 最終話:ウミガメの帰る日—海への旅立ち

 ◆旅立ちの朝:海へ帰る日が決まる


 それは、穏やかな朝だった。

 ゆりあは、水族館の大きな水槽の前に立っていた。

 水槽の中のウミガメは、ゆったりと泳ぎながら、何かを待っているように見える。


「……いよいよ、今日だね」


 数日前、満月の夜にウミガメの故郷がまだ存在していることが分かった。

 潮の流れを計算した結果、今日がウミガメを海に帰すのに最適な日だと決まったのだ。


「クック……旅立ち……?」


 オウムが、ゆりあの肩で小さく羽を揺らす。


「うん。今日は、君が長い旅を終えて"帰る日"だよ」


 ウミガメは、静かに瞬きをした。

 まるで、それを理解しているかのように——。



 ◆海へ続く道:最後の見送り


 ウミガメを乗せたトラックが、ゆっくりと港へ向かう。

 ゆりあと水族館のスタッフは、その後を追った。


「……いよいよだね」


 海が近づくにつれ、波の音が大きくなっていく。

 ウミガメの視線が、遠くを見つめるように変わる。


 ——ザァァ…… ザザァ……


「クック……海……待ってる……」


 オウムが、そっと囁く。


 ゆりあは、大きく息を吸い込んだ。


「……行ってらっしゃい」


 スタッフの合図で、ゆっくりとウミガメが海へと放たれる。


 彼は、一瞬立ち止まり、ゆりあの方を振り返った。


「……元気でね」


 ゆりあがそっと呟くと——


 ——ザバァッ!


 ウミガメは、大きなひと泳ぎで海へと飛び込んだ。

 水面が輝き、太陽の光が波に反射する。


「クック……旅立ち……」


 オウムが、静かに囁く。


 ウミガメは、ゆっくりと海の中へと消えていく。

 彼の故郷へと続く、波の流れに乗って——。



 ◆波の記憶:別れと新しい始まり


 しばらくすると、海の向こうに小さな影が見えた。

 ウミガメが、最後に振り返るように頭を出している。


「……ありがとう」


 ゆりあは、そっと手を振った。


 ウミガメは、再び深く潜り、波に溶け込んでいった。


 ——ザァァ…… ザザァ……


 波の音だけが、静かに響く。


「クック……また……いつか……」


 オウムの囁きに、ゆりあは微笑んだ。


「うん。また、どこかで会えるかもしれないね」


 ウミガメは、ずっと探し続けていた"帰る場所"を見つけた。

 それは、きっと海のどこかで、彼を待っていてくれたのだ。


「……さぁ、帰ろう」


 ゆりあは、もう一度海を見つめてから、静かに歩き出した。


 ウミガメの旅は、今日、終わりを迎えた。

 けれど、それは**彼にとっての"新しい始まり"**でもあった——。



 ◆ エピローグ:波は続いていく


 それからしばらくして——。


 ゆりあは、水族館の水槽の前に立っていた。

 ウミガメがいた場所には、今は別の小さなカメが泳いでいる。


「クック……あの子……元気?」


「きっと、今ごろ海を泳いでるよ」


 波の流れに乗って、自由に旅を続けているはず。

 そして、いつかまた——。


「もしまた、あの子がここに戻ってきたら……」


 ゆりあは、そっと水槽に手を添えた。


「そのときは、また"おかえり"って言おうね」


 波は、世界を巡る。

 どんなに遠くへ行っても、どんなに長い時間が経っても——。

 また、いつか、ここへ戻ってくるかもしれない。


 ——ザァァ…… ザザァ……


 海の音が、静かに響いていた。



 ---


 🐢 完

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この動物園には、夜だけのルールがある 水月 りか @rikalutokun

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