ウミガメ編 第9話:満月の夜—消えた島が現れるとき

 ◆満月の予兆:潮が引く夜


 ゆりあはスマホの画面を見つめた。

 潮の満ち引きのデータによれば、次の満月の夜に大きく潮が引くことが分かった。


「クック……夜の海……?」


「うん、満月の夜、潮が引いたとき……もしかしたら、君の故郷の一部が姿を現すかもしれない」


 水族館のスタッフからも話を聞いたところ、昔は小さな島があったけれど、今はほとんど沈んでしまったという記録が残っていたらしい。

 けれど、完全に消えたわけではなく、潮の関係で姿を現すこともあるらしい。


「……もし、それが本当なら」


 ゆりあは、水槽のウミガメをじっと見つめた。

 彼はゆったりと泳ぎながら、まるで何かを待っているかのようだった。


「クック……帰る場所……見える?」


「うん。満月の夜になれば、確かめられるはず」


 ゆりあは、そっと水槽のガラスに手を添えた。

 ウミガメは、それに答えるように、ゆっくりと瞬きをする。



 ◆夜の海へ:消えた島を探して


 そして、満月の夜——。


 ゆりあは、海沿いの展望台に立っていた。

 目の前には、広大な海が広がっている。


「……本当に、現れるのかな」


 波は静かで、夜の海は穏やかだった。

 月の光が水面を照らし、銀色の道を作り出している。


「クック……聞こえる?」


 オウムがふわりと羽を揺らす。


「……波の音?」


 ゆりあは耳を澄ませた。


 ——ザァァ…… ザザァ……


 ゆっくりと潮が引き、波が遠ざかっていく。

 そのとき——


「……あれ?」


 ゆりあの視線の先に、何かが浮かび上がる。


「……陸地?」


 それは、小さな岩の塊。

 けれど、よく見ると、それはただの岩ではなかった。


「クック……道……?」


 ゆりあは、思わず息をのむ。


 目の前に広がっていたのは——**ウミガメの記憶の中にあった"故郷の一部"**だった。



 ◆波が運んだ答え:帰るべき場所


「……君の故郷、まだ残ってる……!」


 ゆりあの声が震えた。

 かつては沈んだと思われていた島。

 けれど、潮が引いたときに、その一部が再び姿を現したのだ。


「クック……帰れる……?」


 オウムの声に、ゆりあは小さく頷いた。


「……うん、きっと帰れるよ」


 でも、それには条件がある。

 この島は潮の満ち引きによって姿を変える。

 今すぐここへ向かうことはできないけれど——潮の流れが変われば、ウミガメが故郷へ帰るチャンスがあるはず。


「君が生まれた場所は、まだ消えてなかった」


 水槽のウミガメの姿が、脳裏に浮かぶ。

 彼は、長い間探し続けていた。

 "帰るべき場所"が、まだこの海のどこかにあると信じて——。


「クック……波が……道を作る?」


「……うん、きっと」


 潮の流れが変わるその日まで——。

 ウミガメは、もう少しだけ旅を続けることになるだろう。


 けれど、その終わりが近づいていることは、確かだった。



 ◆帰る場所を見つけて:旅の終わりと新しい始まり


 それから数日後——。


 ゆりあは再び水族館を訪れた。

 水槽の中のウミガメは、相変わらず穏やかに泳いでいる。


「君の故郷、見つけたよ」


 静かに呟くと、ウミガメはふと泳ぎを止めた。

 まるで、それを待っていたかのように——。


「……あとは、君が帰る日を待つだけだね」


 水族館のスタッフと話し合った結果、潮の流れが最適になったとき、ウミガメを海に帰すことが決まった。


「君の旅も、もうすぐ終わるね」


 ウミガメは、ゆっくりと瞬きをした。

 まるで、「ありがとう」と言っているように見えた——。



 ◆次回 最終話「ウミガメの帰る日—海への旅立ち」

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