クラゲ編 第4話:夜に浮かぶ記憶

 ◆ 光に包まれた世界


 ゆりあは、じっと水槽の中を見つめていた。

 青白い光をまといながら漂うクラゲたち。

 その動きは、まるで"何か"を伝えようとしているかのように、穏やかで、どこか懐かしさを感じさせるものだった。


「……ここで待ってるの。」


 ——また、あの声が響く。

 耳元で囁かれたわけではないのに、はっきりと聞こえた。


「クック……記憶……波にのって……」


 オウムの囁きに、ゆりあの心臓が小さく跳ねる。


「記憶……? このクラゲたちが、何かを覚えてるってこと?」


 オウムは小さく羽を揺らし、肯定するように瞬きをした。

 ゆりあは、そっと水槽に手を触れた。

 その瞬間——


 ——ザァァ…… ザザァ……


 また、"波の音"が聞こえた。

 そして——

 視界が、一瞬、青白い光に包まれた。




 ◆ 夢のような景色


 ゆりあは、ふと、"違う場所"に立っていることに気づいた。

 目の前に広がるのは、どこまでも透き通った海。

 青く、静かで、波の揺らぎが心地よい。


「……ここは?」


 自分の足元を見ると、水面に淡い光がゆらめいている。

 まるで、クラゲたちの光が、"この場所"に繋がっているかのように。

 ゆりあがそっと手を伸ばすと——

 ふわり、と光の粒が舞い上がった。

 それは、まるで"記憶の欠片"のように、柔らかく輝いていた。


「……これは、誰の記憶?」


 ゆりあが問いかけると、その光がふわりと舞い上がり、ゆっくりと"映像"へと変わっていった。




 ◆ 記憶の中の少女


 ——波の音。

 ——柔らかい笑い声。


 ゆりあの目の前に、小さな少女の姿が浮かび上がる。

 白いワンピースを着た少女が、水面に手を伸ばしている。


「……クラゲ、きれいだね。」


 静かに呟きながら、小さな手を水の中へ。

 その指先が触れた瞬間——

 クラゲたちが、ふわりと光を放った。

 まるで、少女に応えるかのように。


「……あれ?」


 ゆりあは、その少女の後ろ姿を見つめながら、胸の奥がざわつくのを感じた。

 どこかで——この光景を見たことがある気がする。


「クック……思い出してる……?」


 オウムの囁きが、耳元に届く。

 ゆりあは、ゆっくりと息を吐いた。

 この少女は、誰?

 そして、どうして——こんなにも懐かしい気がするの?

 ゆりあが一歩踏み出そうとした、その瞬間——

 少女が、ふとこちらを振り向いた。


「……えっ?」


 その顔を見た瞬間、ゆりあの心臓が大きく跳ねた。

 ——それは、幼い頃の自分だった。




 ◆ 失われた記憶


「……私?」


 驚きと戸惑いが入り混じる。

 目の前の少女は、確かに"幼い頃のゆりあ"だった。

 でも——

 どうして、自分の記憶にこんな場面があるの?

 クラゲたちと戯れる幼い自分。

 それを、今の自分が"外側"から見ている。


「クック……記憶……波にのって……」


 オウムの言葉が、ゆりあの心に静かに溶け込む。


「……この水族館に、私は昔も来てたの?」


 思い返そうとしても、はっきりとした記憶はない。

 ただ、胸の奥が"懐かしさ"で満たされる。


「もしかして、クラゲたちは……この記憶を覚えてるの?」


 ゆりあの問いかけに、光のクラゲたちはふわりと揺れた。

 まるで、「そうだよ」と言っているかのように。


「じゃあ……私がここに来るのを、ずっと待ってた?」


 ゆりあの言葉に、クラゲたちの光が優しく瞬いた。


 そして——


「ずっと、待ってたの。」


 耳元で、あの声が静かに囁いた。

 ゆりあの視界が、一瞬、淡い光に包まれる。

 ——次の瞬間。

 彼女は、元の水族館に立っていた。




 ◆ つながるもの


 ゆりあは、はっと息を飲んだ。

 気づけば、水槽の前に立っている。

 クラゲたちは、変わらずゆったりと揺れていた。

 まるで、「思い出せた?」と問いかけるように。


「……私、昔ここに来てたんだね。」


 ゆりあは、そっと水槽に手を添える。

 その瞬間、また"波の音"が聞こえた。


 そして——


 オウムが、優しく囁く。


「クック……待ってるよ……ずっと……」


 その言葉に、ゆりあの胸が温かくなった。

 この水族館には、"私の記憶"が眠っていた。

 クラゲたちは、それをずっと覚えていてくれたんだ。


「ありがとう……」


 小さく呟くと、クラゲたちの光が、ふわりと優しく瞬いた。


 ——そして、夜は静かに更けていく。




 To be continued…

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