ホワイトタイガー編 第2話:夜の静寂と白い影
◆ 目に見えない存在
「シロは、ここにいるの?」
ゆりあの問いに、オウムはふわりと羽を揺らしながらもう一度囁いた。
「クック……見えていない……」
——見えていない?
どういうことだろう?
懐中電灯の光を当てても、檻の中には何もない。
けれど、たしかに耳には"喉鳴らし"の音が聞こえた。
「シロ……どこ?」
ゆりあは檻の奥に向かって、そっと呼びかけた。
その瞬間——
ゴロロ……
また、微かに響く喉の振動音。
「……いる?」
ゆりあは、思わず一歩前に踏み出した。
「何が起こってるの……?」
鉄柵に手を触れると、ひんやりとした冷たさが指先に伝わる。
「どうして、見えないの?」
ゆりあの胸の奥で、不安と期待が入り混じる。
——"見えていない"だけなら、どうすればいい?
何か方法があるの?
オウムは、じっとゆりあを見つめていた。
まるで「お前なら気づくはずだ」と言わんばかりに。
◆ 飼育員たちの到着
「大澤、応答して! そっちはどうなってる!?」
無線の向こうから、先輩の焦った声が聞こえた。
「……シロがいません。でも……いるかもしれません」
「どういう意味?」
「……説明が難しいです。でも、私には"気配"がするんです」
「すぐに行くから、そこを動かないで!」
数分後、複数のライトがこちらに向かってきた。
園長や先輩、スタッフたちが駆けつける。
「本当にいないのか……?」
「鍵も壊されていないし、金網にも異常はないのに……」
スタッフたちが次々と確認するが、やはりシロの姿はどこにもなかった。
園長が腕を組み、深い溜め息をつく。
「……これは、困ったな」
「園長、こんなことって……」
先輩が言葉を濁す。
「動物が檻の中で消えたように見えるのは、これが初めてじゃない」
「え……?」
ゆりあは驚いて園長を見上げた。
「この動物園では、時々こういうことが起こるんだ」
「でも……どうして?」
園長は少し迷うように目を伏せる。
「理由はわからない。だが……"見えていない"だけかもしれないな」
「……!」
ゆりあの心臓が大きく跳ねた。
"見えていない"——
さっきのオウムの言葉と、まったく同じだ。
「園長、それって……どういうことなんですか?」
ゆりあが尋ねると、園長は少し考えた後、静かに答えた。
「……ここには、"夜だけのルール"があるのかもしれない」
「夜だけの……ルール?」
「動物たちは、昼間と夜とで、違う世界を生きているのかもしれない」
その言葉に、スタッフたちはざわついた。
「それって、"シロはここにいるけど、見えなくなってる"ってことですか?」
ゆりあの問いに、園長は静かに頷いた。
「そんなことが……」
先輩は信じられないように呟く。
けれど、ゆりあの中では、妙な確信が生まれていた。
——シロは、ここにいる。
ただ、"何か"の影響で、姿が見えなくなっているだけ。
◆ シロを見つける方法
「どうすれば……シロを見つけられますか?」
ゆりあが尋ねると、園長は少し考えた後、言った。
「……呼びかけてみるんだ」
「え?」
「お前は、動物の気持ちを感じ取れるんだろう?」
「……そんな、大したものじゃ……」
「試してみる価値はある」
園長の静かな言葉に、ゆりあは息を呑んだ。
——シロに、声を届ける。
それが、今できる唯一の方法。
「……わかりました」
ゆりあは檻の前に立ち、深く息を吸い込んだ。
「シロ……いるんでしょう?」
夜の静寂の中、ゆりあの声が優しく響く。
「私はここにいるよ。だから……君も、姿を見せてくれない?」
懐中電灯を消し、目を閉じる。
"見えない"のなら、"感じる"しかない。
——その時だった。
ゴロロ……
静かに、しかし確かに聞こえた喉鳴らしの音
ゆりあが目を開けると——
檻の奥に、淡くぼんやりとした白い影が浮かび上がっていた。
「……シロ!!」
ゆりあは思わず駆け寄ろうとしたが、その影はふわりと揺らぎ、すぐに消えてしまった。
「今、確かに……」
先輩も、驚いたように口を開けていた。
「見えた……よな?」
「ええ、確かに……そこにいたわ……」
スタッフたちも息を呑んでいた。
「見えたなら……もう少しだ」
園長が静かに言う。
「シロを呼び戻すには、お前の力が必要だ」
「……私の……?」
ゆりあは、自分の胸にそっと手を当てた。
——"動物の声を聞く者"
それが、本当に自分にできることなのかはわからない。
けれど、シロがそこにいるなら——もう一度、伝えたい。
「……シロ」
ゆりあは、もう一度深く息を吸った。
「私の声が聞こえる? 大丈夫、怖がらなくていいよ。みんな、君を探してるから」
すると、檻の奥で、ふたたび"喉鳴らし"の音が響いた。
ゴロロ……
——その瞬間、白い影がゆっくりと"形"を取り戻し始めた。
To be continued…
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