第2話 挟み撃ち

 辺りが暗くなった。まぶたを閉じていてもはっきりわかる。念の為に耳を澄ましてみた。誰の話し声も聞こえてこない。

 わたしは巻貝の中から這い出した。思った通り、人の姿はなかった。

 公園の中にある唯一ゆいいつの街灯は激しい点滅を繰り返す。見ていると不安な気持ちがじわじわと染み出す。目をらして急いで道へ出た。

 左右を見て人のいない右に踏み出した。目に付いた路地に飛び込んでずんずん進む。少し気が大きくなっていた。

 繁華街を嫌って歩いていると民家が多くなってきた。明かりのいた窓から子供の楽しそうな笑い声が聞こえる。テレビの音楽番組なのだろうか。ポップな曲が軽やかに流れた。

 隣の家からは焼肉のような香ばしい匂いが漂う。深呼吸をすると心が豊かになったような気がした。

 ほのぼのとした状態は、突然の爆音で壊された。遠目でもわかる。バイクが横並びになって走ってくる。スピードはとても遅い。夜の繁華街にいる酔っ払いのおじさんのようにふらふらしていた。

 わたしはすぐに後ろを向いた。信じられないと目を見開く。平たい形の車が列を作って現れた。威嚇するようなエンジン音で迫ってくる。

 挟まれたわたしは大いに焦った。隠れる場所がない。民家の前を流れる暗い排水路に飛び込む勇気はない。高さが三メートルはあると思う。

 どうしよう、と絶望した気分で下を向いた。側溝が目に付いた。即座に身体が動き、真横の姿で中に収まった。ギリギリなので身動きが取れない。

 背中を向けたまま凄惨な場面が妄想のように膨らみ、心の中でおののいた。

「こっちは車だぞ! 前を開けろ!」

「うるせー! 命令すんな! お前らが端に寄れ!」

き殺すぞ! ボケがっ!」

「バットでボコボコにしてやるよ!」

 わたしは涙目となった。耳を手で押さえることもできない。無力を痛感して、ただ震えた。

 そこにパトカーの音が混じる。民家にいる誰かが通報したのだろう。その場にいた全員が焦ったような声を出した。

 それぞれの音が左右に散って元の静けさが戻ってきた。

 わたしは初めてパトカーの音に安らぎを覚え、意識がぼんやりとした。眠気がぶり返したようだった。

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