ヤンデレ彼女は浮気なわたしを舌ピの中に閉じ込める

西園寺 亜裕太

壊れかけ

第1話

ピチャリ


夕日の差し込む静かなワンルームの部屋の中に、舌を絡めた音がする。舌先同士が触れ合うと、温かくて、心地よい。それが、大好きな透花の舌であれば、なおさらだった。


ゴロゴロとキスをするたびに舌先に触れる透花のピアス。無機質だけど、なぜか心地良いのは透花が付けているからだろうか。真面目だった透花が大学に入ってから舌にピアスを付けると言った時には少し意外だったけれど、しっかりと似合っているから、わたしは好きだった。口を開けた時に覗く小さな銀の光は、艶やかな透花をより明るく照らしているように思えた。ま、透花くらい美人なら、なんでも似合うんだろうけど。


突然開けられた舌ピアスの理由を確認したら、念のために、と返されたのを覚えている。何に対する保険なのかは聞いても教えてくれなかった。ただ、笑ってごまかされるだけ。今の黒髪清楚美少女路線が飽きられた時の為なのだろうか、と勝手に思っている。


大学に入学して、2年が経ち、お互いに大学生活にも慣れてきた。高校時代からの恋人である透花は、よくわたしの家に来る。お互いに一人暮らしをしていることもあり、それぞれの家に好き勝手遊びに行っていた。お互いに合鍵まで渡しあっている始末で、時期によっては自分の家よりも透花の家の方が滞在時間が長い週だってある。


こんなに仲が良いのだから、わたしたちの恋心に偽りなんてないはず。そう思っているし、そう言い聞かせている。


唇をくっつけていると、自然と触れ合う鼻先。目鼻立ちのくっきりとした、お人形みたいな透花の鼻は高いから、わたしの顔にしっかりと触れている。透花の顔は綺麗すぎて、何もない部屋で透花の顔だけ一日中見ておきなさい、と命令されてもずっと見ていられると思う。


蕩けるようにキスをして、お互いに相手の舌を触れさせて、舌先で撫であう。透花の体温がしっかりと触れる。温かくて、心地よくて、気持ち良い。透花はわたしの舌を、舌先で必死に撫でる。時々触れる丸いピアスも一緒に撫でておいた。


そうして、少し時間が経つと、透花はわたしの髪の毛をそっと撫でてくれるのだった。透花の少し大きめで、けれど細くて繊細な手が、ゆっくりと上から下へと髪の毛の流れに沿って、降りていく。優しくて、気持ちがよい撫で方に、思わず声が出てしまいそうになる。まるで透花の飼い猫にでもなったみたい。猫になったら、絶対に喉を鳴らすと思う。


そうやって、透花に可愛がられて、気持ち良くなってくると同時に、この透花のわたしへの愛が、偽りではないか、不安も湧き出てしまう。対面では、透花はわたしが不安になるようなことをしてはいないけれど、それでも透花の愛に対しては、時々不安になってしまう。


そんな感情から、わたしがそろそろキスをやめようとしたけれど、彼女はまだわたしを求めてくれる。離さないように、少し強めに抱きしめてきたから、わたしもまだ浸っておいた。彼女の感情に、流されておいた。愛してくれることは、間違いなく嬉しいし、そんな彼女が愛しかった。


どこにでもいるモブみたいなわたしよりも、圧倒的に美少女である透花。ファンがたくさんいる人気インフルエンサーである透花と彼女でいられることは、わたしにとって、とても幸せなことである。


だが、同時に、とても不幸せなことでもある。


彼女のSNSに山のように投げかけられている、彼女の容姿を讃える言葉。わたしがいくら透花を褒めても、きっと褒められ慣れている透花の心には何も響かないのだろう。


わたしのことを大好きな人は透花だけ。


でも、透花のことを大好きな人は大勢いる。


『とーかちゃん、今日も可愛い!💛』

『ビジュ強ッ!』

『顔面好きすぎ~』


ねえ、透花。あなたはわたしの愛だけじゃ不満ってわけ? どうしてわたしがここまで愛しているのに、透花は不特定多数の愛を欲しがるわけ?


昔、わたしは透花にSNSのアカウントを全部消してと伝えたことがある。


「ねえ、SNSやめようよ。わたし以外の子から好かれて嬉しいわけ?」

「人間、嫌われるよりも好かれたほうが嬉しいと思うけど?」

「そうだけどさ……」

わたしが伝えても、透花は困ったようにジッとこちらを見ているだけだった。


「こんだけみんなから好かれてたら、浮気されてるみたいで、なんか嫌って言うか……」

「なずってそんな束縛してくるような子だっけ?」


スッと目を細めて笑ってはいるけれど、この笑みは透花が怒っているときの笑み。


でも、透花だって……。その言葉は言えなかった。透花に見捨てられたくないという思いから、一旦言葉を飲み込み、困ったように頷いた。


束縛……。透花にお似合いの言葉だ。


透花はわたしと違って、別れたところできっと当然のように恋人ができるだろう。わたしのことなんてあっさり見捨ててどこかに行ってしまうに違いない。だから、見捨てられないようにわたしが気をつけなければならないのだ。


「わかってるよ」

わかってないのに。全然納得できてないのに……。


「わかってくれたらいいんだけど……。それに、さすがにこれは消せないわよ」

ため息と一緒に、前髪ぱっつんのサラサラとした綺麗な黒髪も揺れた。


彼女のため息は、どこか神秘的でもあった。不気味さと美しさ、その両方を混在させている透花は、やっぱり現実離れしている美少女なんだろうな、とは思う。


過度な露出をせずに、ただ自身の画像をアップするだけで、透花はたくさんの人の好感を得ている。少なくない額のお金も稼いでいて、それをわたしたちのデート代にしてくれることもある。透花の行為は、きっとわたしの為でもあるのだろうけれど、それでも、みんなから透花が愛されすぎていることに不満はあった。


不満はあるけれど、彼女がSNSをやめたくないという事情もわからないでもない。彼女がSNSをやめて、写真のアップをやめてしまうということは、ファンの子たちを裏切ることになるし、3万人を超えるフォロワーを手放せというのも酷い話なのかもしれない。


さっきも、透花と会うまでにわたしはスマホでSNSをジッと見ていた。新しい画像をあげてから3時間くらいで、もうコメントは14。多分これからもどんどん増えていく。まあ、わたしのスマホに表示されているのは2つだけれど。今まで透花のSNSにコメントをしたことない新規のファンが2人いたらしい。


「ブロック、ブロック」

その2つのコメントも、指でボタンに触れるだけで、すぐに見えなくなった。透花に媚びを売る不愉快なアカウントは全部消していく。少なくとも、わたしの視界には入らないようにするのだった。わたしの恋人に好意を抱く人間は、みんな嫌いだった。嫌い、大嫌い……。


嫉妬。嫉妬。嫉妬。嫉妬。嫉妬。

そんな子どもじみた感情が身体の中を駆け巡っていくことが悔しかった。


「痛っ」

「え?」

突然透花が口を離して、痛がる声を出す。


「どうしたの?」

「噛んだでしょ?」

「え?」

「今、わたしの舌噛んだ!」

「ご、ごめん……」


いつの間にか、わたしの歯が透花の舌に当たって噛んでしまったみたい。キス中に変なことを考えてしまっていたからだろうか。ムッとする透花に謝りながら、わたしは彼女に身体を近づける。


そして、透花の胸元に顔を埋める。透花は背が高くて、細身なこともあって、胸はあまり大きくない。胸に顔を埋めると、透花がわたしの髪の毛ををしっかり撫でてくれるから、心地良い。


愛されてる。


それはちゃんと伝わっている。


でも、それでも何かわたしの心の中にはわだかまりが募り続けるのだった。

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