行方不明

いもり

1

 その張り紙を初めて見たのは、A市立大学の入学式の帰りだった。


 高校生の頃、親元を離れたいという不純な理由と何となく興味のある学科があったという正当な理由が合致したA市立大学を受験し地方からO県に引っ越しをした。入学式がある一カ月前からアパートに入居し、同郷の人間もいなければ、バイト先を探して将来に向け意欲的に・・・なんてすることもせず大学周りを散策しては、母が仕送りしてくれた、袋麺を食べ、寝るという怠惰な生活を入学式が行われるその日まで続けていた。

 だから、張り紙が張られていたことにすぐに気づくことができた。

 

探して〇ます 原〇〇み子(17)A高校からの帰り道に行方が分から〇くなりました。些細なことでも構いません。心当たりが○○ましたら下〇の連絡先にお電話お願いします。(〇の部分は汚れていてよく読めない)


 テレビやドラマ、映画なんかでよく見る、常套句が書かれ、はにかみながらピースしている制服を着た女子の写真が印刷されており長い間、雨風にさらされ続けたのだろう全体的にくすんでしまい所々字が読めなくなってしまっている。

はて、こんな張り紙、大学近くに張られていただろうか。

この一カ月、思い返してみるが張り紙らしきものがあったという記憶はなく、ここ最近張られたものかと思ってみたが、元々ここに張られていましたよ、という顔をしていたので、まぁ僕が気づかなかっただけだろうと結論付け、写真の子が早く見つかりますようにと心の中で願い、帰路に着いた。

 

 次の日にはなんの違和感すら感じなくなったのである。


 入学式から三カ月ほどたち、履修登録やサークル決めなどビッグイベントが問題なく終わり、特に仲の良い友達もできるわけでもなく、高校と変わらず講義を受ける。高校時代と唯一違ったことと言えば部活、大学でいうところのサークルに入ったことであった。高校時代は部活へは入らなかったが、一歩踏み出して挑戦するのも大学生の醍醐味と考えオカルト同好会に入った。僕自身、オカルトに興味があると言われればそうではない。が、うちの大学では「サークル認定は、十人以上、同好会認定は五人以上」と定められている。四年生が卒業すると三人しか残らないらしく部費もなければ、部室も与えられない。部室を使えなくなる=溜まり場がなくなるということで名前だけでもいい、できたらオカルト系(?)にも興味を持ってほしい、と先輩たちに勧誘(嘆願?)されある種の情熱のようなものを感じてしまい、つい、入ると言ってしまっていた。僕のほかにもう一人入ってくれると言っていた、一年生が居たそうだが、幽霊部員になっているそうだ。

まあ、なんだかんだ言いながら、三年生の鈴木先輩、浜田先輩、二年生の山崎先輩は、僕自身が思っていたより僕を歓迎してくれた。

そして、僕がオカルトに興味を持ったかというと、そうではなかった。その一瞬は妙に納得し、感心するが情熱的に探究することはなく、「よくできた非現実だな」とおかしな上から目線の感想を抱いてしまうので、先輩たちのように熱中することはできなかった。

 夢中になれない理由を考えているようでほんの少しの罪悪感を感じつつも先輩方は心地の良い個人主義であったのでこの罪悪感がなくなるのに時間はかからなかった。

 

 大学に入った人間の特権ともいえる、一カ月半もの夏休み前、最後のサークルの集まりにて、「二年生になったらとるべき興味深くめんどくさくない講義」について山崎先輩、鈴木先輩と一緒に真剣に談笑していた。が、遅れてやってきた浜田先輩の一言で、和気あいあいとした空気は一変した。

「言い忘れてたんだけどさ、学生課から十一月にある文化祭で何か一つ出し物か、本とか売れってお達しが来ました。」

はい、これそのプリント、と言いながら、僕に渡した。 



学生課からのお知らせ


 リバーシブル同好会、スキー同好会、映画研究同好会、社交ダンス同好会、かるた同好会、オカルト研究同好会、歌劇同好会


上記サークルは過去四年間連続し、活動に関する確認ができませんでした。よって、活動詳細が成果報告(教員へのレポート提出)もしくは、十一月十七日、十八日に行われる文化祭にて出し物もしくは出店をおこなってくだい。


「はぁ⁉どうすんねん!こんなん!」

「うわぁ、間に合いますかね、これ」

鈴木先輩と山崎先輩が口々に文句を垂れている。

というか、

「うちの大学にこんな決まりあったんですね。」

すると、浜田先輩がどこぞの名探偵のような口調で

「初歩的なことだよ、松田君。いまのいままでこんな事なかったんだけどね。うちって正規のサークルが多いのね、だから尚更あんまり活動してないような同好会を削りたいのだろうよ。」

どこから取り出したのか眼鏡をクイッあげた。

浜田先輩とは対照的に深い深いため息を鈴木先輩はこぼし、か細い関西弁で、

「あぁ...。はよういやぁ予算使いとうないってことやな。」

決意を示したように息を吸う。

「んで、どうすんねんこれ。俺と、浜田はこの夏インターンやし、山崎は実家の手伝いやろ。松田は一年やし。」

無理やろ、これと鈴木先輩にしてはやはりか細い声で俯いた。これは、一年とだけで除外された僕がしないと収拾がつかなくなる。

「いえ、僕しますよ。この夏休み特に予定を立ててるわけではないので。」

「え、本当にいいの?大変だよ?」

「いいんですよ、山崎先輩。本は流石に作れませんけど、この教員へのレポートの提出くらいなら多分できると思いますし。あとは、先輩方に」

レポートに関してさえ教えていただければ。


 こうして僕の大学生初の夏休みはオカルト一色になっていったのである。

ここだけの話、立候補したのは自分ではあるが、花の大学生生活がオカルトの花に置き換わるのは遺憾である。

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行方不明 いもり @kasahgoma

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