第7話

「リカルド殿下、近隣の王族だらけですよ

「あの人の心をとらえるのはわたしだよ」

 エル・エクリクスの騎士の正装に身を包んだリカルドは、城の大広間へ入っていった。

「こういった衣装はどうにも堅苦しいな」

「堅苦しいって、それが本当の姿じゃないですか。そうやって正装をしていると、きちんと王子に見えますよ」


 ミリアムは頭を下げたまま女王アリアドナが現れるのを待っていた。

「ん? ミリアムそなた、その姿はどうした」

「アレク殿下の御命令で…」

「何か考えがあるのだな…」

 そう言うと、王女の正装を身にまとったミリアムを従えて、大広間の玉座へと上がった。

 大広間は水を打ったように静かになった。

「我が姫のための舞踏会によくぞお越しくだされた」

 そう言うと、女王はミリアムの背を押した。

「さあ、姫よ」

「あ、はい」

 ミリアムは数段高くなっていた王座の前から降りた。そのとたん波のように求婚者たちが手を差し出した。

「さあ、姫」

「わたしが先だ」

 求婚者の群れの中で、小さくやりあっている声が、あちらこちらから湧き上がっている。

「おっさんはひっこんでろ!」

「なんだと貧乏王子が」

(アレク殿下がうんざりするのも仕方がありませんわね)

「さあ、姫君、お手をどうぞ」

 そう言って手を差し伸べたのは、湖の国と言われるレ・ティール王国の王子ライオネルだった。

 (まあ、素敵…)

 ミリアムは思わずため息をもらした。

「ええ、では、喜んで」

 にっこりと微笑んで、ライオネルの手を取ったミリアムは、広間の中央に進み出て一緒にワルツを踊り始めた。ライオネルのたたずまいは、まさに絵に描いたような王子ぶりだった。

(ほんと、顔だけは一級品ね…)

 しかし、ミリアムにはアレクから任された大切な仕事があった。

「どうかわたしの国に嫁いではいただけませんか?」

「そして、わたしを湖の魔物と戦わせるのですか?」

 それは、アレクがカーテンの影で聞いた、レ・ティール王国の裏事情だ。どうしても、マギ・アル・アディナの姫を射止めなくてならない理由。

「え?」

 完全に王子の仮面がはがれ落ちた、ただの間抜け面。

「わたしは、魔法が使えません、それでもわたしを妃にとお望み?」

「あ、いや、それはその…」

 答えに詰まるのと同時に、踊っていた足も止まった。

 すると、また、わらわらと求婚者の群れに取り囲まれた。

「なにをぶつぶつと言っている」

 そう言って、真っ先に割り込んできたのは、砂漠の国、ジャランディアのザイード王だった。砂漠の交易で莫大な富を得た商人であるザイードは、ひとつの街をまるごと買い取り、自ら王と名乗り始めた男だ。

 四十すぎの中年男に、ミリアムは思わず腰が引けた。

「姫、わたしと踊っていただけませんか?」

(わたし、このオヤジとも踊らなくてはなりませんの?)

 ミリアムが玉座の裏に身を潜めているはずのアレクに目線で問いかけると、魔法使いのローブの姿のまま頭をひょこっとだし、大きくうなづいた。

(アレク殿下、この借りは高くつきましてよ)

「さあ、姫」

「…ええ」

 言い淀みながらも、ミリアムのその指輪だらけの手を取った。

「わたしの妃になれば、金銀財宝は思いのまま、いかがですかな?」

「それと引き換えに、毎日のように雨ごいをさせるのでしょう」

「そういうわけでは…」

 脂ぎったその顔に、汗が浮かぶ。

(アレク殿下の気持ち、わからなくはないですわ…こんな男の元で暮らすなんて)

 ミリアムは、ため息を小さくつくと、さきほどと同じ言葉を口にしようとした。

「わたしは魔法が…」

「魔法が使えない、それは知っていますよ」

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