第4話 松田さんと大岩くんの場合

 松田由紀まつだゆきは総合病院の整形外科病棟で働く、3年目の看護師である。


「今日は入院多いから、準備お願いね。」


夜勤看護師から、そう引継を受けた。交通事故に遭い、救急搬送された若い患者、自宅でお風呂上がりに倒れて骨折した年配の患者、自宅のベッドから転落し、大腿骨だいたいこつ骨折した、こちらも年配の患者、の3人の患者が緊急入院となった。


「…。今日は大変そうだなぁ…。」


引継が終わり、日勤帯の仕事を開始する由紀。


「松田さん、受持ちは大岩重成おおいわしげなりさん(35歳)、山田和子やまだかずこさん(75歳)、水谷美怜みずたにみれいさん(18歳)、お願いします。」


「はい。分かりました。」


由紀はバイタルチェックのため、ノートパソコンと血圧計、体温計、パルスオキシメーターをワゴンに乗せ、それぞれの病室を訪れる。


「大岩さん、おはようございます。では、バイタル測っていきますね。」


「はい。お願いします。」


「交通事故、大変でしたね。」


「通勤途中に、信号無視の車が突っ込んできて…。本当に災難でした。」


「血圧112/68、脈拍72、SpO2《サーチレーション》98、はい。いいですね。痛いところはないですか?」


「骨折したところはやはり痛いです。」


「痛みが強いようでしたら、痛み止お出ししますので、遠慮なくおっしゃってくださいね。」


「ありがとうございます。」


重成は左腕と右足を骨折していた。頭はそれほど強く打っていなかったのが幸いだったが、顔は傷だらけで、処置の時にガーゼを交換しなければならない。


電子カルテにバイタルを入力し、


「次は山田さん、っと。」


と電子カルテをみる。


「ああ、この方がお風呂上がりに倒れて骨折した患者さんね…。ヒートショックかしら?それとも…。」


由紀は考え込んでた。


「山田さん、おはようございます!具合はいかがですか?」


「おはようございます。動けないからつらいですね…。」


「そうですね。まもなくリハビリが始まるかとおもいますので、身体を少しずつ動かしていきましょうね。では、バイタル測っていきますね。」


 由紀は患者ひとりひとりに、真摯しんしに向き合い、出来る限り寄り添うように努めた。


 由紀は、重成のバイタルチェックを終え、処置室へ向かう途中、重成の表情が気になった。


 「あの… 大岩さん、何かお困りですか?」


 重成は、少し戸惑った様子で、


 「いえ、別に… ただ、この怪我で、仕事も休まなきゃいけなくて…」


 「そうですか… でも、今は治療に専念することが大切ですよ。焦らず、ゆっくり治してください。」


 由紀の言葉に、重成は少し安心した表情を見せた。


 「松田さん、優しいですね。ありがとうございます。」


 「いえ、とんでもないです。私も、早く良くなってほしいと思っています。」


 その日から、由紀は重成の担当看護師として、頻繁に彼の病室を訪れるようになった。


 重成は、由紀の丁寧で優しい対応に、少しずつ心を開いていくように。


 「松田さん、あの… 聞いてもいいですか?」


 「はい、どうぞ。」


 「あの… 僕、松田さんの笑顔が、すごく好きです。」


 重成の突然の告白に、由紀は驚き、顔を赤らめた。


 「え… あの… 」


 「あの… 僕、松田さんと、もっとお話したいです…!」


 重成のまっすぐな瞳に、由紀は自分の気持ちに気づき始めた。


 「… はい、いいですよ。」


「松田さん、僕は松田さんのことがもっと知りたいです。…こんな気持ち、初めてです。……なんか、すみません。」


「いえ、謝らないでください。…私も、大岩さんと同じ気持ちです。」


由紀は自分の気持ちを正直に話した。


「…!」


重成は驚きを隠せなかった。


「では、また来ますね。」


「ありがとうございます!」



重成の退院の日が近づき、由紀は複雑な気持ちを抱えていた。彼の笑顔が眩しい反面、別れが迫っている寂しさも募っていた。


 「松田さん、明日退院なんですけど… 」


重成は少し躊躇ちゅうちょしながら、由紀に告げた。


 「ええ、おめでとうございます。」


由紀は重成の言葉に、笑顔を見せながらも、心は沈んでいた。


 「…松田さんと、もう少しだけ一緒にいたいんです。」


重成は、まっすぐな瞳で由紀を見つめた。 


「… 」


由紀は、彼の言葉に言葉を失った。


 「…でも、病院の規則で…。」


 「…そうですか。」


重成は少し肩を落とす。


 「でも… 」


由紀は、少しだけ顔を赤らめながら、重成に提案した。


「私、明日は休みなので、一緒にランチでもどうですか?」


 「…いいんですか?」


重成は、驚きと喜びを同時に見せた。


 「…はい。退院のお時間と合わせますので。」


「ありがとうございます!松田さん、優しい!」


 重成の笑顔に、由紀も心が安らぎ、少しだけ希望が持てた。


 翌日、由紀は、カフェレストランで、重成と待ち合わせをした。


 「大岩さん、待ってました!」


重成は、由紀を見つけると、満面の笑みを浮かべて松葉杖を使って由紀が座っているテーブルの席に着いた。


 「… 大岩さん、こんにちは。」


由紀は、重成の笑顔に、少し緊張がほぐれた。


 二人は、ランチメニューを選んだ。

「僕、松田さんのことが… 本当に好きです。 」


「… 」


由紀は、重成の言葉に、心臓が高鳴った。


「松田さんの笑顔を見ていると、心が安らぐんです。 」


「… 」


由紀は、何も言えず、ただ重成を見つめていた。


「松田さん、僕と付き合ってください。」


重成の真剣な表情に、由紀は自分の気持ちを正直に告げた。


「…私も、大岩さんのことが好きです。」


重成は、驚きと喜びを同時に表現した。


「…本当に?… 嬉しいです!」


二人は、お互いの気持ちを確かめ合い、幸せな気持ちでランチを楽しんだ。



カフェレストランを出ると、重成は由紀に、


「松田さん、これからも僕と会ってくれますか? 」


「…私も、会いたいです。」


二人は、お互いの手を握りしめ、未来への希望を感じた。



退院後も、二人は頻繁に会い、デートを重ねるようになった。重成は、由紀に、優しい言葉をかけ、いつも笑顔を見せた。由紀も、重成の優しさに包まれ、幸せを感じていた。




病院という、特別な場所、しかも看護師と患者という立場での恋。それは、二人の人生を大きく変える、忘れられない出会いだった。




重成の怪我が完全に治り、重成は仕事に完全復帰した。由紀も看護師を続けながら、休みの日にはデートをしたり、お互いの家を行き来したりして、お互い結婚を意識するようになった。




「由紀さん、僕と結婚してください!」


「重成さん…。私で良ければ…。」


由紀は嬉しさのあまり、涙を流していた。そんな由紀を重成は優しく抱き締めた。


「幸せになろう。きっと、幸せにするから。」


「…はい。」




 2人の結婚式は印象的だった。披露宴で最初は純白のウェディングドレス、新郎も白のタキシード姿だったが、お色直しで2人はなんと、初めて会った時の服装で、とナース服とパジャマにスリッパの姿で登場したのだ。これには披露宴に出席した皆が意表を突かれた。


しかしながら、2人の幸せいっぱいの表情に、ほっこりとした気持ちになった。


















 「松田さん、あの… 」


重成は、少し躊躇い《ためらい》ながら、由紀に問いかけた。



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