V

 HEP5に着いたころにはビルの谷間にはもうすっかり夜の暗さが流れ込んでいた。そのビルには大阪中の女子高生が集まってきているみたいで、まだ三ヶ日だというのに恐ろしくにぎわっていた。 私らは二人とも無口だった。トイレで化粧を直し、観覧車に乗るためエスカレーターで五階まであがった。大勢の女子高生とすれ違ったがヤマンバなどどこにもいない。みんな今流行の韓流の化粧を決めたガーリーなやつらばかりだ。切りそろえた前髪、ピンク色のチーク。その装いのすべてが、ここがアウェイであることを実感させた。

 観覧車の乗り場への通路の横に地面が盛り上がったような表面がつるつるの山のようなオブジェのようなベンチがあり、そこに女の子が二、三十人たむろしていた。みなぼーっとしたり、携帯を眺めたり、誰かが来るのを待っているようにも見えるが、ただ人に見られるためにそこにいるように見えなくもない。私らは遠くからその山を見つけて緊張した。

 私らがその山のすそにさしかかろうというとき、不意に左奥の方から長い手が上に伸びてひらひらとこちらへ向けて手を振った。その手の主はと見ると、そこにはヤマンバの女の子が二人、完全に周囲から浮いた感じで座っている。私らは二人に近づいていった。

「ここ、空いてるよ」と背の低い方が言った。「あんたら、どっから来たん?」

「東京。ビーチを探しに来たの」

「なにそれ」

「東京にはもうビーチがないの。昔はあったんだけど。大阪にはあるかと思って難波から天王寺まで探したけど、やっぱりビーチはないみたい」

「ビーチならあるで」と彼女は言った。「ここがそうやがな」

 私らは一瞬、呆気にとられてまわりを見回した。言われてみれば、そこはビーチを見下ろす小高い砂丘の上のように見えなくもない。

「ここだったんだ」とアキ。

「あんたら、観覧車に乗りに来たんやろ。一緒に乗ろ」

 私らはミツキとイトハに手を引かれるようにして砂丘を降りると、観覧車に乗り込んだ。

「ところであんたら、喧嘩してたん?」

「え? 分かる?」

「分かるよそりゃあ。なんか緊張感ただよってたもん」

「そうか」

 突然、アキが言った。

「サオリ、さっきはオレが悪かった。ゴメン」

「いや、私こそ、さっきはヒドイこと言ってゴメン」そう言うと、急に涙があふれてきた。「怖かったの。アキにずっといてほしかったの。だからダダをこねたの。もうヤダ、大学なんて行きなくない、このままヒトデになってビーチで暮らしたい」

「なんかわけ分からんこと言うてるわ」とイトハ。

「あーせっかくの化粧が流れるで。ヤマンバはな、泣いたらあかんのや。私らのは泣ける化粧やないのや」ミツキが演歌のようなことを言う。

「そうや。せっかくの景色が、見えんようになるでえ」

 そのアキの言い方が可笑しくて、私は笑った。

「どうでもええけど、アキなんでそんなに大阪弁うまいの?」

「サオリもさまになっとるやんけ」とアキは言った。「オレな、最近になってようやく親父の思考回路の呪縛から抜け出せたような気がするんや。これまでどんなに親父に罵倒されてもインランとか色気づきやがってとか根も葉もないことを言われても真冬に家から閉め出されたり逆に部屋に閉じ込められたり大切にしていたサオリと二人だけのプリ帳も化粧道具も全部かってに捨てられたりしてもそうされるのが普通だし当然だし悪いのは自分だと思ってたから親父が母に暴力を振るうのも自分のせいだと思ってたから自分さえ我慢すればみんなうまく収まるんだと思ってたからけどそんなわけはなくてだから親父の逆をするようになって親父がしろと言ったことはやらずに親父がするなと言ったことをするようになってそうしたら友達がたくさんできていろんな世界を知るようになってそれまで普通だと思っていたことが普通でもなんでもなくてただあのクソ親父の勝手に決めたルールでしかないことにようやく気づけるようになってきたんや」

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