III

 ジャンジャン横丁を歩いた。まるでAIが作り出した夢の世界を歩いているようだったが、そこはビーチではなかった。ビーチではなく、大人の遊び場だ。大の大人たちが群がり集まって飲み食いしつつ浮かれ騒いでいる。

 通天閣の下をくぐるとあたりは急にひっそりとした雰囲気に変化する。タイルで舗装された広い歩道には屋根がついているが、人影は少ない。車道もタイルで舗装されていて、車がなぜか一台も通らないので全部が歩道のようだ。道の両側にはバーや飲み屋、ベトナム料理店、お好み焼き屋、レトロ・ゲーセン、観光客向けの小綺麗なホテルなどがあり、後ろを振り向くと巨大な通天閣がすぐ間近に、まるでSFX映画の合成のように斜めにそびえ立っている。

 コインランドリーの前で立ち止まると、その横を一人のおばさんがえっちらおっちらと足を引きずりながら歩いていった。ふと、その首に巻かれたマフラーに目がとまる。豹柄だ……アキも同時に気づいた様子で、私らはガングロ同士でうなずき合うと、そのおばさんのあとをつけ始めた。

 おばさんは本通りを北へと歩いていく。道の左側のすこしくぼんだところに「新世界」という看板の店があり、おばさんはその中に吸い込まれていく。ところがよく見ると、それは店ではなくてそういう名前の商店街の入口なのだった。間口の高さも幅も隣の店と変わらない。私らはあわてておばさんのあとを追った。

 「新世界」は薄暗く、ほぼ半数の店にシャッターが降りたままだった。アーケードの天井は茶色く変色したキャンバス生地のようなもので覆われているがそれが所々で裂けてぱっくりとあいた隙間から、その上にある第二の天井が見えた。店の軒先には白いプラスチックのカバーつきの蛍光灯が伸びていたが、それは商店街の全体的な薄暗さを強調する役にしか立ってはいなかった。左右の店の間には一定の間隔でロープが渡してあり、そこに真っ赤な色の無地の提灯が五つずつぶら下がっていた。提灯に明かりはなく、どす黒い血の印象を与えた。

 おばさんが一軒の店の前で立ちどまった。私らは息をのんだ。そこはヒョウ柄専門の衣料店だった。軒先にはトラと白ヒョウの巨大な頭部のぬいぐるみ、そしてそれらの間には黒い胴体だけのマネキンに着せたヒョウ柄の水着がぶらさがり、蛍光灯の薄暗い光を浴びていた。店内のハンガーにはヒョウ柄の上着やシャツやドレスがぎっしりとかかっていた。ヒョウ柄の毛布に覆われた台の上にはかごがあり、ヒョウ柄のマフラーやスカーフや帽子、ライオンのリュック、ユキヒョウのマフなどが並んでいる。それら品物の上には子ヒョウや子ライオンのぬいぐるみがあちこちに寝そべっている。

 おばさんは店に入ると、ハンガーに吊り下がった服を一枚ずつ眺め始めた。

「いたね、ヒョウ柄」 

「うん」

 すると、ハンガーの周りを一周したおばさんが、ひょいと私らの方へ近づいてきた。

「おねえちゃんら、さっきからワシのことつけて来てたやろ」

「いや、つけるって言うか……」

「まあええ。ヒョウ柄を探してるんか」

「ええ、まあ」

「これなんかどうや、あんた似合うで」

 ひらひらの生地のヒョウ柄のシャツをあてられてアキは固まった。その模様はアキのツヨめのガングロと、確かに絶妙にマッチしていた。

「この服に合うような小物を探してるんですけど……」

「おお。そしたらこれにし」

 そういうとおばさんは二人を小物コーナーへと連れて行った。かごの中のヒョウ柄のものを指さして、それから自分がしているマフラーを握って突き出して見せた。

「これや。ええやろ」

「えっ。これいいじゃん」

 結局、私らは二人ともそのヒョウ柄マフラーを購入した。おばさんと三人並んで同じマフラーをしてみると、なんだか自分たちがこの世で最強の存在になったような気がした。

「どうや? 力が湧いてくるやろ? それがこれのいいところや。ヒョウのエネルギーが体に乗り移ってなあ、強くしなやかに生きていけるんや」

「おかあさん、おいくつなんですか?」とアキが訊ねた。

「おかあさん、か。そうやなあ」とそのおばさんは感慨深げにアキの言葉を吟味した。「まだ53や」

 三人は商店街の入口近くにある肉屋まで歩いた。おかあさんはその店で二人分のコロッケを買うと「これ、食べや」と言って私らにくれた。

「じゃあね。あんたらも悪いヤツにだまされんよう、しっかり生きや」

「うん。ありがとう」

 アキのイントネーションはすっかり大阪風になっている。

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