第17話


十種とくさ神宝かんだからを、かゆに変えた? そこまで貧乏なのか』


「そうよ。

 諸行無常というやつよ」


 布都御魂剣ふつのみたまのつるぎと向きあって、香宮たかのみやは言う。


「ところで、剣のままだと話しにくいから、人型になってくれない?」


『わがままな娘だな……』


 そう言いつつも、布都御魂剣ふつのみたまのつるぎはつきあいよく、人型になってくれた。


 まだ都が飛鳥にあったころの、都人の姿。


 藤原氏に滅ぼされた一族の無念が凝縮してかたちになった布都御魂剣ふつのみたまのつるぎは、当時の記億を姿にとどめたままだ。


 香宮たかのみやが子どものころは、この人型でよく遊んでくれた。


「そんなわけで、売っちゃったものはしかたないにしても、 伊勢の神の神罰が退けられるなら、回収しに行こうと思って。

 どうかな?」


『……試してみる価値はあるんじゃないか。

 なにせ、前例がないから、結果はどうなるか知らないが』


「そりゃそうよね」


『我々のひふみの詞は、大祓詞おおはらえのことばとは違って、みずからの魂を清め、高めるものだ。

 だから、みずからの力を強めることで、神罰をはねかえすことはできるかもしれんな。

 理屈では、どうにかなりそうだ』


「うん」


 香宮たかのみやは、決意をこめて頷いた。


「やってみる」


『どうやって回収する?』


「決まっているじゃない」


 香宮たかのみやは後ろ髪をさらりとかきあげると、つけていたかもじを外す。


 そうすると、髪は肩のあたりの長さまでになった。


 結い上げてしまえば、完全に少年だ。


「夜盗をするのよ」


 布都御魂剣ふつのみたまのつるぎは呆れたような顔をするだけだが、横に控えていた支石しいしは血相を変えた。


 そして、 宮の袿を懸命に引っ張る。


「おやめください、宮さま!

 かりにも、内親王うちのひめみこであり、斎宮いつきのみやであったお方が、夜盗などと!」


「位なんて、おなかの足しにもならないわ」


 香宮たかのみやは、開き直った。


「さっさと女に戻る。

 そして、おまえの言うとおり結婚しないと、みな日干しになる。

 そうでしょう?」


「そ、それはそうですが」


 支石しいしははっきり言わないが、状況はたいそう悪くなっているはずだ。


 十種とくさ神宝かんだからまで食料に変えたわけだから、本当にぎりぎりの状況なのだろう。


 だからといって、宮中にいるのは辛い。


 添え伏になるのも、遠慮したい。


 そうなると、自力で婿を捕まえて、通ってもらうしかない。


 添え伏はいやだというのは、わたしのわがままだもの。


 わたしが、なんとかしなくちゃ。


 香宮たかのみやは、腹を決めていた。


布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ神宝かんだからの場所はわかる?」


「お前と同じだ、力が働いていないときに、わかるはずもない。

 ただ、 近くにいけば存在を感じるだろうし怪異も寄りやすくなっている可能性があるから、場所はわかりやすかろう』


「それもそうね」


 香宮たかのみやは、小さく頷いた。


「じゃあ、都に出て、あやしそうな場所を探しましょう」


 かもじを結わえていた紐で、今度は自分の髪をくくりあげながら、香宮たかのみやは言う。


支石しいしには止められたけれども、馬に乗る練習をしていてよかったわ。

 馬なら、都まで出るのもそんなにたいへんじゃないしね」


『おまえ、本当に女か』


「そうよ」


 呆れ顔の布都御魂剣ふつのみたまのつるぎに、香宮たかのみやは胸を張ってみせた。


『その勢いで婿とりしたなら、すぐに誰か引っかけられそうだな』


「生活のためですもの」


 おなかの足しにならないものなど、香宮たかのみやは必要としない。


 そんなものを欲しがる余裕など、人生で一度もあったことはなかった。


 食いぶちを確保したあとに、他のことはみんな考えればいいのよ。


 だてに、貧乏育ちではない。


 香宮たかのみやは、割り切って考えていた。


「さあ、行くわよ。ごはんのために!

 布都御魂剣ふつのみたまのつるぎ、あんたもついていらっしゃい」


『いやと言っても、連れていくだろうが……』


 布都御魂剣ふつのみたまのつるぎは、いやそうな声を漏らす。


『しかし、わかっておると思うが、大祓詞おおはらえのことばに支配されている場所では、俺は力は出し切れんぞ。

 都は、何重にも結界が張られておる。

 相手が悪いと危険な目に遭わせてしまうかもしれん」


「大丈夫、 任せて。

 わたし、逃げ足は速いの」


『そんなことで、平らな胸を張らんでもいい』


「……失礼な剣ねっ」


 しかし、失礼ではあっても、役に立つ。


 いつだって香宮たかのみやを助けてくれる剣でもあった。


 どうにかしなくちゃ。


 ……してやろうじゃない。


 方法は誉められたものではないかもしれないが、お上品に手段を選んではいられない。


 とにかく、まともな姫宮としての生活に戻ってやる。



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