【短編】魔女と戦士と迷宮と

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魔女と戦士と迷宮と

熱された、むっとした空気。焼け死んだモンスター、ゴブリンの死骸が何体か転がっている。焼けた肉の匂い。破損した肉体から血や臓物が零れてあたりに散らばっていた。


「ひょー、すげえ威力」


筋骨たくましい戦士が感心した表情を浮かべている。


「…うっぷ」


尖った頭頂部、幅の広いつばの帽子。ゆったりとしたローブ。ねじれた形状の木製の杖、触媒はついていない。女の魔術師。青い顔をして杖に寄りかかるように立っている。


「うーん。肉が食いたい気分だ」


焼けたゴブリンを前にしての発言。いろいろな感覚がすり減った、がさつな冒険者の思考。


「…おろろろろ」


よくない想像をしてしまったのか、魔女が嘔吐した。すっぱい匂いが空気に加わる。


「あー、悪かった。ほれ、口ゆすげ」


革水筒を差し出す。冒険者を始めた当時、図太い人間である自分は平気だったが、同期の連中には繊細な奴もいたことを思い返す。




ギルドに顔を出すと、顔見知りである強面のギルド職員に声を掛けられた。


「最近はあまりギルドの依頼を受けていないな。今はなんの仕事をしてるんだ?」


「賭場や酒場の用心棒やらなんやら」


「新米の面倒を見てくれないか?魔術師だ、女の」


「なんで俺に?」


「腕っぷしと、信用がある奴に頼みたい」


「てことは、何か面倒ごとか?」


「ウチで登録をすませたあと、タチの悪い奴らに誘われてダンジョンに潜り、馬鹿な事を考えた奴らが返り討ちに。大火傷を負った」


「そいつらまだ生きてんのか?…まあ、新米ならしゃーないか」


「魔術師は貴重だ、新米でもな。素行の悪い連中とは値打ちが違う」


「阿呆共はまだ冒険者を続けてるのか?」


「そのことで、等級を下げてな」


「なるほど。下手なやつと組んだらマズいな」


「受けてくれるか?」


「俺は構わない。むこうが良ければな」




「ボクは構わない。ギルドの推薦だしね」


「随分あっさりだな。酷い目に遭ったんだろうに」


…えぐい位の美人だ。気だるげな表情に見えるが、眦が下がった目つきだからそう見えるのだろう。ゆとりのあるローブを着ているのに、デカイのがはっきりと分かるムネのサイズ。考えなしの連中がコレとダンジョンに潜れば、それは、馬鹿なことを考えるであろう容姿の持ち主。


「ああ、3人がかりでね。とっさに反撃したんだ。やりすぎたかと思ったけど、聞き取りで彼らの非が認められた」


「もうちょいと、やり過ぎておいたほうが後の面倒が無い。ダンジョンの中で同じような目にあったらな」


「なるほど。勉強になるよ…なります」


「冒険者の間じゃ言葉遣いなんぞ誰も気にしねえ。相応に腕があればな。俺は気にしない、舐めてるわけじゃないのは分かる」



「それじゃあ、ダンジョンに潜ってみるか?」


「おお。まともな探索は初めてだから、楽しみだね」




耳障りな鳴き声、汚れた皮膚、粗末な武器。数体のゴブリンが2人の前で武器を振り上げ威嚇している。


『フレイムスロワー』


魔女が構えた杖の先から目も眩むような明るさの炎が噴き出す。辺りの空気を吸い込み、ごうごうと音を立て、炎の渦がゴブリンの姿を呑みこむ。


杖をひと薙ぎするだけでコトは済んだ。断末魔の悲鳴を上げる間もなく、ゴブリン達は事切れていた。




「落ち着いたか」


「ふう…。助かったよ」


「モンスターを殺したのは初めてか」


「うん。こんなにひどい匂いだとは思っていなかった」


「まあ続けてりゃ、その内に慣れる。嫌でもな。慣れないやつは辞めていく」


「先達の目から見て、ボクは続けていけそうかな?」


「火炎の魔術は見事だった。気持ちが続けばやっていけるだろう」


「正直なところは?教えて貰えると助かるよ」


宝石のような美しい瞳が戦士をじっと見ていた。


「厳しいだろうな」


「どうしてだい?」


「…髪はしなやか、肌艶が良い。装備も上等なもの。習得に高度な知識が必要な魔術を発動できる。所作や立ち居振る舞いに気品がある。没落貴族の子女か何かか?モンスターとの血みどろの殺し合いには、とても耐えられると思えない」


「ふうん、なるほど。そういう風に見えるのか。それでも、ボクはもう少し冒険者を続けてみるよ」



「まあ、無理をすることはない。俺と組んでいるあいだはさせるつもりもないが」


「ギルドとしては腕利きの魔術師は喉から手が出るほど欲しいだろう。冒険者を続けるなら割りの良い仕事を回して貰えるはずだ」


「一応言っておくが、あれだけの魔術の腕があればダンジョンの外でも引く手あまただ。他にも職はいくらでもある」


「参考になるよ、色々とありがとう。…ところでこれ、おいしいね」


両手で抱えた革袋の水筒をじっと見つめる。


「香り付け程度に果実を絞ってある。ダンジョンの中じゃ、飲み食いは数少ない楽しみだからな」




強靭な肉体と残忍な気性を持つモンスターであるオーガ。俊敏な動きに熊のような膂力。駆け出しの冒険者には手に余る難敵。


『ファイアボール』


内部に高熱を封じ込めた火球が吸い込まれるようにオーガの頭部へ命中した。凶悪な顔面が一撃で消し炭に変わる。


「狙いも正確、威力も必要充分。だいぶ慣れてきたな」


「ゴブリンのときはどうなるかと思ったけれど、嫌でも慣れるものだね。解体はまだ抵抗があるけれど」


「討伐任務だけでも問題なくやっていけるだろう。今でもそれくらいの実力はある」




オーガの解体を済ませ、出して貰った水球で体についた汚れを落とす。魔術師と組んでいると実に便利だ。ダンジョン内でも火と水に困らなくなる。


「しっかし鉱山行きか。底抜けの馬鹿共だったな。火傷治しのポーション代を賭場で稼ごうとするとは」


「まあ、あまり頭がよく無さそうな顔はしていたね。ダンジョンに早く入ってみたかったんだ。迂闊だったよ」


「どうする?用心棒代わりを兼ねてのパーティだったんだが。別の奴を探すか?」


「ギルドが推すぐらいなんだから、腕も人柄も確かなんだろう?依頼の期間通りに頼みたい」


焼き締めたパンに水気を含ませ、火で炙って温める。半分に割って香辛料を練り込んだ腸詰、酢漬けにした葉物野菜を挟む。沸かせた湯に、塩と調味料を混ぜて固めたスープの素を放り込む。


「ひょっとして、ボクってパーティ組むの難しい?」


「お前が悪い訳じゃないが、な。魔術師ってだけでも争奪戦だ。そのうえ、目玉が飛び出るような美人。揉めない訳がない」


「ふうん。ギルドや街中で、なんだかジロジロ見られるとは思ったけど。顔とか胸とか」


「良い気はしないだろうが、正直仕方ない。馬鹿みたいだが男の本能だ」


「…それはそれとして。秘境に隠れ住んでいる魔術師の家系とかか?男に対しての意識というか、あれこれと無頓着すぎる。もっと用心すべきだ」


「キミはギルドの推薦だろう?彼らの面子を潰すような真似はしないだろう、そうした人間を選んだはずだ」


「…自分で言いたかないが、俺は変わってるからな」


「ところで契約が終わったらどうしようか、相談に乗って欲しいんだ。ボクが組めそうなパーティにアテはある?」


「難しいな。男がいると、どうしたって人間関係でゴタつきそうだ。都の方に行けば女だけのパーティも多いんだが」


「ちなみに期間の延長は、出来ないかな?」


「俺と?都には行かないのか。研鑽を積めば充分通用する才覚はあるぞ」


「じゃあ実力を身に着けるあいだだけでも。街で下手な店に入るより、ごはんもおいしい」


「おい、どういう基準で仲間を選んでるんだ…」


食事の摂り方も上品だ。やはり、冒険者になるような人種には見えない。


「熟練した冒険者の経験。近接職としての高い技量。仲間として、とても頼もしいよ」


「とってつけたような台詞だな。まあ、魔術師と組んでいるとなにかと便利だ。構わんぞ」




見上げるような巨体。丸太のような手足。生半可な刃は通らない分厚い皮膚。凄まじい破壊力を持つトロルが、辺りに響くうなり声をあげる。粗末だが頑丈なこん棒を振り上げ、叩きつけようとする。


『フレイムランス』


炎の槍が黒煙の軌跡を残して飛翔し、トロルの顔面へと突進する。肩から上の部位が綺麗に焼失した。


地響きを立ててトロルの巨体がダンジョンの床へと沈んだ。小山のような死骸を捌きにかかる。魔石の大きさもかなりのものだろう。


「トロルほどのモンスターにもなると、魔術に対する抵抗力もあるんだがな。術の精度が高いのか、魔力の質が良いのか」


本当に、どういう生まれ育ちなのやら。ギルドから、それとなく探りを入れるように依頼されてはいるが。2人で何度かダンジョンに潜った今でも、人となりを掴みかねている。


「ボクはあまり、他の人が魔術でモンスターを倒すところを見たことがなくてね。そんなにすごい威力なのかな?」


異様に高い魔術の実力。そのわりに、実際にモンスターを倒したことは無かったアンバランスさ。


本人にその気があれば国を傾けることも出来そうな美貌。


世間一般の知識に疎い普段の様子。演技なら大したモノだが、恐らく素だ。


「…正直に言うが、ギルドから身元を探るように依頼されている。魔術師は是非とも欲しいし、出自は気にしないが、出来れば把握しておきたいってのが本音だろう」


内情をぶっちゃけてしまうが、こいつはたいして気にしないだろう。勘に過ぎないが、そんな人間だと感じていた。


「答えたくなければ構わない。まさかだが『塔』の出身なのか?」


魔術の探求を目指す魔術師の集団。倫理観をどこかに置いてしまった危険人物の集まり。ときたま外に出てきては災厄を巻き散らしていく迷惑な連中。


「うーん。とくに出自を隠すつもりもないんだが、説明が難しくてね。その、塔?の出身ではないよ」


俺も違うとは思っていた。なにせ、会話で意思疎通が出来るからな。


「信じよう。短い付き合いだが、器用に嘘をつける人間とは思わない」


「んん?それは、褒められているのかな?」


「ああ、褒めている。もう少し嘘が上手ければ薄汚れたダンジョンで、危険を冒してモンスターと殺し合いをする必要は無い。その顔と体があればな。一生遊んで暮らすことも出来るだろうに」


「そんなにかい?あんまり実感がないんだよね」


「男でも女でも、美貌は力だ。望むと望むまいとな。多少は意識しておいた方が良い。自衛のためでもあるし、馬鹿な男どものためにも、な」



「うーん。…ボクは、自分の事を男だと思っているから、すこし難しいかな。まあ、意識してみるよ」



「…それでか。男に対して妙に無防備なのは。腑に落ちた」


心身共に、妙に距離感が近いやつだとは思っていたが。



「あまり驚かないね。ボク、けっこう変なこと言ったと思うんだけど」


「天と地のは狭間は広大だ。それに、冒険者をやっていれば変わったやつにもよく出会うからな。話が通じる分、まともな部類だ」


「懐が深いね。おかげで付き合いやすくて助かるよ」



「ほんとうに、世の中は広い。まさかこんなことになるなんて。…男キャラにしておけば良かった」



「オトコキャラ?」


「まあ、ボクの出自については、心の整理が着いたら追々話すよ。追々ね…」

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