妹の彼?
@AKIRA54
第1話 妹の彼?
妹の彼?
1
「妹の彼よ!」
と、その女性(ひと)は言った。
彼女は、高校の同級生。長い髪を紺のリボンで束ねている。赤い縁取りの近視の眼鏡が、美少女の顔をカムフラージュしている。
わたしをそう紹介している相手は、彼女の友人。もちろん、女性だ。何故、そう紹介したのか……?永遠の謎だった……。
卒業間近、どういう経過か忘れたが、クラス会で、卒業記念の催しに、寸劇をすることになった。その台本書き、演出に、わたしは指名されたのだ。
二流の私立大に合格していて、国立大や一流私立を受験する気もない、暇そうな人間、プラス、詩や小説などを書いていた所為に決まっている。
劇に参加できる人選、 受験の真っ只中にいる連中は、対象外。候補者は、推薦入学が決まっているか、わたしのように、二流、三流の私大に決まっているか、数少ない、就職が決まっているか、そんな連中だった。彼女は、推薦入学が決まっていた。
だから、まず、彼女を選んだ。彼女は、心よく引き受けてくれて、女性たちに参加できるか、どうかの、声かけをしてくれたのだ。その中の友人に、わたしを『妹の彼よ!』と、紹介したのだ……。
あまり、美少女とは言えないその友人は、劇のヒロインになった。内容は、『夕鶴』のパロディ。鶴の恩返しの鶴を猫に置き換えた『猫の恩返し』だった。わたしの彼女は、猫を助けて、恩返しを受けるおばあさん役。わたしは、その夫。おじいさん役だった……。
2
「先輩!練習、終わったんですか?」
卒業して半年ほど経過した、夏休みの午後、わたしは母校の体育館の更衣室から出てきたところだった。
わたしに声をかけたのは、母校の後輩。アディダスの白いスポーツウェアの上下を身に着けた、ショートカットの女子生徒だ。
高校時代、わたしはバドミントン部に属しており、弱小チームのキャプテンをしていた。大学でも続けていて、夏休みに後輩の指導、コーチを務めているのだ。
わたしに声をかけた少女──仮にK子としておこう──は、元バドミントン部のメンバーだった。今は、新体操部に入って、リボンやボールに苦戦しているらしい。新体操部の顧問の教師が、引き抜きをした!と、バドミントン部の後輩から訊いている。瞳の大きな、小柄だが、スタイルもいいから、新体操向きかもしれない。
K子の問いかけに、「ああ……」と、気のない返事をしてしまう。久しぶりに会ったK子に、どんな態度をしたら良いのか、わからなかった。
「少し、お話できませんか……?」
と、K子が、はにかむように言った。
「いいよ!K子ちゃん、新体操部で頑張っているんだね……?」
そう言って、体育館脇の校庭のベンチにふたりは腰をおろした……。
3
「それで?どんな話をして、それから、どうなったんだ?」
と、悪友のMが訊いた。
「別に、大したことは話さなったよ!大学はどうですか?とか、都会はどんなですか?とか、最近、いいこと、ありましたか?とか……」
と、わたしは答えた。そういえば、K子からの質問ばかりだ。わたしが尋ねたのは「お姉さん、元気かい?」
だった気がする……。
「なんだ!とりあえず、キッスとか、しなかったのかよ!」
Mの反応に、わたしは驚いて、言葉にならず、眼を丸くした。
「K子って、アレだろう?いつか、お前とふたりで、ボーリングに行った時、誘った、ちょっと『広末涼子』似の……」
わたしは、そうだ、と答える。
「あの時、お前、もうひとりの女と話して、まあ、俺に言わすと、K子を無視していたな!」
「何言っているんだ?お前が、K子が可愛いって、積極的だったから、俺は遠慮したんだろうが……」
「まあ、そうだった……。もうひとりの女は、確か、お前の同級生で、俺は面識がなかったからな……。K子は、バドミントン部の後輩だから、話題もあるし……」
「覚えてないのか?もうひとりの女性は、K子のお姉さんだよ!」
「ああ、そうだった……。眼鏡をかけた、いかにも『才女!』って感じの……。俺の苦手なタイプ……。そういえば、お前、クラスメートに、片想いの娘がいる、って言ってたな?まさか、その『お姉さん』じゃないだろうな……?」
わたしは、黙って頷いた。
「バカか?お前は……!K子は、お前に気があったんだぜ!惚れいる!とまでは、いかないけど、付き合いたい!くらいは好意を持っていた……!バドミントン部のキャプテンで、女子部をコーチして、優しい先輩だったから、なぁ……。それに、化学のテストで満点だったから、後輩に、受けが良かったよなぁ……」
「はあ?まさか?K子は、美人で、ラヴレターが、下駄箱に毎日だったって訊いているぜ!そんな娘が、俺みたいな……、冴えない男と……?」
「さて、俺には、乙女心は理解できないが、お前は、まあ、真面目で女性には優しいな!男は顔じゃないし、付き合ってないから、相性はまだわからないだろう?第一印象は、キャプテンで、優しくて、学業も頑張っている!格好いい先輩!に見えたんだろう……。それに、姉さんの同級生だから、部活以外の学園生活の情報も仕入れ易い。くだらない、詩を書いていることも、彼女がいないことも、姉さんから訊いていたはずさ!何より証拠は、この俺が口説いたのに、全然、なびかないで、お前の趣味とか、好きなタイプを訊いてくるんだぜ!」
「お前、そんなこと、全然言わなかったじゃないか……!」
「当たり前だろう?あんな、アイドル系の彼女がお前に似合う筈がない!甘い夢を見て、失恋のショックで立ち直れなくて、受験に失敗!浪人生活!親友としてだな!そんな未来を、お前に与えられるか……?」
(ウソつけ!彼女いない歴、十八年同士の俺が、卒業するのがイヤだったんだろうが……!)
テーブルの上の『チョコパフェ』の残りをスプーンでかきあげている悪友をにらみながら、わたしは心の中で悪態をついていた。
「妹の彼よ!」
と言った、K子の姉の言葉が、その意味の一部分が、脳裏に甦った……。
(俺は、美人姉妹のどちらが好きだったんだろう……?)
「妹の彼よ」……!
了
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