1-7
肚が熱い。
本来ないはずの器官が形成されているのだから、不快感を消すことは難しい。催淫剤を入れたのはそういう理由もあって、狙い通りにぼんやりとする頭で、それでも熱さだけは感じるのが不思議だった。
ぐるりぐるり、体が作り変えられていくのがわかる。ジャフィーが描いた設計図のとおりに、ひとつの無駄もなく魔術が動く。このまま何も考えられなくなるのが嫌で、ジャフィーは思考を保とうと必死で足掻いた。
ここは後宮の一室、春の宮だ。最も王の私室に近く、最も広い。後宮の主の──正妃のための、特別な宮と言っていい。使われていなかった、使われる予定もなかったはずの部屋が、なぜか埃のひとつもなく保たれている──どころかぴんと糊のきいて清潔な香りのするシーツさえ貼られているのが、不思議というより異様だった。
「ルグレア、ここ、」
使う予定があったのだろうか。ジャフィーが知らなかっただけで?
「ん? ……ああ、女官どもが、仕事させろって煩くてな」
掃除だけはさせといて良かったと嘯きながら、ルグレアがばさりと上着を脱いで落とした。長い付き合いで、着替えどころか裸だって普通に見たことがあるのに、シャツの首元を寛げる動きに妙に落ち着かないような心地になるのは、薬に仕込んだ催淫剤のせいなのだろうか。だだっ広い寝台の上に投げ落とされたまま、どうしていいかもわからず呆然としていたジャフィーは、ふと肌に感じた気配に辺りを見渡した。
ぞわぞわする。
薬によるもの──では、ない。ジャフィーの魔力とは違う、嫌な気配がこの場所にある。
「ルグレア、……い、嫌だ、なんか」
「あァ? 今更」
「ちがう、ここ、なんか、……知らない術が……」
奇妙な魔力。古い魔術だ。ジャフィーの訴えに、ルグレアが「ああ」と、なんでもないことのように応じた。
「そりゃあ、ここは、後宮だからな。それらしい仕掛けのひとつやふたつあるもんだろ」
「そ、そうなの……?」
「ここじゃなくたって、あるだろ。娼館やらにも」
そうなのだろうか。行ったことがないからわからない、が、なんとなく言いたいことはわかった。こんなに気持ちが悪いということは、脱出防止か認識阻害か、とにかく、人の行動を制限するためのものだろう。なるほど確かに後宮や娼館には必須なのかもしれない……と、考えを深める間もなく、あ、と思わず声が出た。
ルグレアが、ジャフィーの服をまくりあげ、今まさに魔術がうごめいている薄い肚へと、大きな掌を当てている。
「……なるほど。なんか作ってるな」
「作ってるんだよ。……そうだ、ねえルグレア、なん、……っ!」
やっとのことで出た真意を問いただそうとする言葉は、やはりと言うべきか、あっさり阻まれた。
「ん、っ、……!?」
唇を、塞がれている。
物理的にだ。大きな口がジャフィーの息を吸い取って、厚い舌が口の中に入ってくる。ざらり、と、舌と舌が触れ合う感じがして、腰から背中に何かが走る。
あらゆる感覚が体の中で混ざり合いすぎて、快不快の判定さえままならない。
「ん、ん……ッ……!」
苦しくて、ルグレアの腕をきつく掴んだ。繋ぎ止めるものが欲しかったから。
肚の熱と背中の痺れとが一体化して、腰のあたりに滞留している。じゅくじゅくとした、粘性の熱だ。は、と、やっと解放された唇から息が溢れて、うっすらと開いた目の向こうで、ルグレアが愉快そうに笑っているのが見えた。
「……なるほど」
唇から、目が離せない。
「お前のうるさい口を塞ぐには、こうするのが一番だったんだな」
「なっ、……ッ、……!!」
うるさいってなんだ。いつも楽しそうに話を聞いていたくせに。ぼんやりしかけていた頭が一気に覚醒し、文句を言おうと開いた唇は、けれどもその言葉のとおりに、ひどく簡単に塞がれた。
「んっ、……」
口の中をかき混ぜられ、誘い出された舌をじゅっと吸われる。
「ん、……は、ぁ、……ッ……」
わからない。何もわからないのに──流石に、もう、これが『快楽』であることだけはわかる。何も考えられない──考えたくなくて、ジャフィーは目を閉じ、ルグレアに与えられる感覚に身を任せた。
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