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 城下にあるジャフィーの館は、魔術研究に特化した作りになっている。

 あらゆる材料が並び、広い実験室があり、その強度は通常の建物の数倍を誇る。そんな館の一室で、広い机に大きな紙を広げ、あれこれと設計図を書きつけながら、傍らで資料を抱えているミトへとジャフィーは尋ねた。


「知ってた?」

「何をです」

「ルグレアが、不能じゃなく男色家だったってこと」


 ジャフィーの監視を命じられたアリとミトは男女の双子で、旧政権で不遇をかこっていた家の出なこともあって、ルグレアへの忠誠心が非常に高い。アリは武官、ミトは魔術師で、ジャフィーより一つ年上なのだが、魔術学院では後輩という微妙な立ち位置である。ちなみにジャフィーは年齢によって人を敬うことは一切ないので、あくまで監視役であるはずのミトを、自分の助手であるかのように自由にこきつかっていた。ジャフィーの軽口ともなんともつかない問いに、ミトはわずかに眉を寄せて答える。


「……はあ。まあ、噂には」

「えっ、噂になってたんだ!? なにそれ、俺知らないんだけど」

「そうですか」

「そうですか、って……ええ? 俺より君のほうが早耳だなんてことある?」


 ミトはジャフィーの真逆を行くような生真面目な性質で、噂の類に詳しいとはとても思えない。そのミトが知っていて、情報収集は怠っていないつもりの自分が知らないなんて、そんなことが起こりうるのか。思わず疑いの目を向けても、ミトはそれ以上何も喋らなかった。

 ミトは賢く、ジャフィーの機嫌を損ねない程度の、最低限度の会話にしか応じない。だからこそ、監視役なんてものに選ばれてしまったのだろう。ジャフィーはミトから情報を引き出すことを諦めて、手元の設計図を見返しながら唇を尖らせた。


「そっかー、わりと有名な話だったってことかあ……。なんだよ、ルグレアも水臭いよなー。もっと早く言ってくれればさあ」


 魔術の開発はモノ作りだ。

 過去の事例をかき集め、不足している部分の実現方法を考える。組み合わせ次第で上手くいかないこともあるし、逆に、できなかったことがなぜか成功したりする。設計、開発、試験の繰り返し。今回は人体に長期で影響するものかつ、自分自身にかけなければならないので、魔術ではなくて魔法薬の形をとったほうがいいだろうか。


「……うん、今回は薬にしよ。そうすりゃ実験とかも楽だし、作り置きできるし、需要増えても対応できるし」


 呟いて、設計図の一部を書き換える。そしてぼやく。


「薬にするならなおのこと、もっと早く言ってほしかったよなー。材料もすぐには集まらないし……。ほんと、なんで今更なんだろ? もっと早く対応してればさあ、後継ぎだ何だ煩く言われ続けなくて済ん、…………何その顔」


 ふと見た先で、ミトがなんとも物言いたげな、同時に何も言えないみたいな顔をしている。体をほぐしがてらジャフィーが首を傾げると、ミトは何とも言い難い顔のままにジャフィーに尋ねた。


「いえ、あの……貴方はその、いいんですか?」

「俺? いいって、何が」


 ジャフィーはいつだって、ルグレアの願いを叶えるだけだ。魔術を作れと言われれば作る。ミトがもどかしげに唇を曲げる。


「何って……ルグレア様の子を産みたいんですか?」


 なんだそんなことか、と、ジャフィーは思った。ミトは本当に素直だなとも。ジャフィーはひらひらと手を振って笑った。



「いや、そんな、ほんとに俺に使うわけ無いじゃん?」

「……えっ!?!?」



 ミトが、心の底から驚愕したような声を出す。ジャフィーはからからと笑いながら続けた。


「え、何、ミトってばあれを信じたわけ? 俺が産むならって? ないない、あるわけないじゃん!」


 あんな、その場の思いつきでしかなさそうな暴言を、真に受けるほうがどうかしている。それを言ったらこの命令自体がその場の思いつきのようだったが、『男を孕ませる魔術』が全く欲しくなければ思いつきだってしないだろうからそれはいいのだ。


「俺が跡継ぎ問題からイチ抜けしてるって今更知ったから、その腹いせで言い出したんでしょ。てか、どうせ作れないと思ってる気もするんだよな~。『こんなの作れないから許してくれ、もう余計なことしないで大人しくしてるから~』って、泣きついてくるとでも思ってるんじゃない?」

「……それは、まあ、そうかもしれませんが……」


 考え考え、不承不承、といった感じの同意だった。何をそんなに渋るところがあるのか。何かを無理矢理飲み込んだ顔で、ミトが気を取り直したふうに尋ねてくる。


「ということは、貴方には、作れるあてがあるんですか?」

「いやいや、これ見りゃわかるでしょ。あるよ。なきゃ、そもそも、あの場でちゃんと無理って言ってる」


 ルグレアの願いは何でも叶えてやりたいが、無理なことだってもちろんある。例えば、死者蘇生に不老不死なんかがそうだ。死者蘇生に関しては近いものが禁術として存在しているが、魂までは伴わないまがい物だし、不老不死なんてものができるなら、さっさとルグレアに掛けている。

 けれどもこれは、その類の『不可能な』魔術ではない。


「難しいは難しいけどね。俺じゃなきゃ無理かも。いや~、やっぱルグレアの近くはいいよね、変な魔術作り放題で」

「……もしかして、楽しんでます?」

「そりゃ楽しいよ、無理そうなことほどやりがいがあるもん。……でもまあ、これは先行する研究が結構あるから、あくまでアレンジって感じかな。生殖に関する魔術はねえ、実は、結構研究されてるんだよ。ほら、魔力は遺伝するって言われてるじゃん?」


 魔術師の家系にとって、次代を設けることは義務の一種だ(ジャフィーはそれを放棄しているが)。だからこそ、生殖に関する魔術は、実際のところ、魔術に詳しくないものが想像するよりも遥かに発展している。家の根幹に関わることだけに秘されることが多い関係で、歴史ある家の魔術師以外にはあまり知られていないというだけだ。


「魔術師として高名なのって、今のところ、男ばっかりじゃん? だからさ、男の種だけで子どもを作ってみたりとかはもう、普通に事例があるんだよね。てか、うちの先々代はそれで生まれたらしいし。そんときは、肚は女のやつそのまま使うから、って、女の穴に二人で突っ込んだらしいけど」

「……そうですか……」


 ミトが若干引いている気配がした。魔術師とはいえ、女性の前であけすけに言っていいことではなかったかもしれない。


「……卓越した魔術師の思考は、私のようなものには理解が及ばないといいますか……頭がいいのか悪いのかわかりませんね。貴方も含めて」

「は? 俺は天才だけど?」


 ミトには理解できないというなら、単純に、ミトの頭が悪いのだろう。ジャフィーは憤慨を声に出しつつ、思いついたことをさらさらと紙に書きつけていく。


「……だからまあ、肝心の子どもの部分はもう完成してて、あとはもう、擬似的な肚さえ作れればいいんだよね。で、臓器の形成なら、医療魔術の応用でいけるはずじゃん?」

「そこまでできるなら、子宮自体もはや人体内にある必要もないような気がしますが……」

「確かにねえ。でも、人体ほど頑丈で柔軟なゆりかごを作る大変さに比べたら、人体を使えばよくない? っていう気もする」

「なるほど……?」

「栄養の供給とかもあるしね、今のところは既存の妊娠を模したほうが楽だよね。依頼もあくまで、『男が妊娠できる』だし」


 実際、設計図の基礎はもうできた。まずは動物実験からか。ジャフィーは別の、こんどは小さな紙を取り出して、さらさらと文字を書きつけていく。


「……うん、こんな感じかな。はいこれ」


 書き終えて、そのまま手渡す。ミトはざっと紙を眺めて、「材料調達……はいいですが、早速、外出許可依頼もですか?」と顔を顰めた。


「うん。だって、うちじゃあ動物の飼育はしてないでしょ? 動物実験するから、魔術院の飼育場の子を使うってルグレアに言っといて。……あ、あと、こっちはすぐじゃなくていいけど、子ども欲しい男も見繕うようお願いして。そんなの居るのかわかんないから、難しいかもしれないけど。……まあ、使用人やらそこらの男娼買ってきてもいいんだけど……なんか、ルグレアに怒られる気がするからさ……」


 最終的には、人間を使った検証が必要だ。昔は人を買ったり拾ったり好き勝手にやっていたが、今はそうは行かないだろう。合意の契約をとりつけて、万が一の保証も必要だ。


「……昔は、ルグレアも、そういうの、全然気にしなかったんだけどな。王様って大変だよねえ」


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