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──ジャフィーとルグレアの出会いは、十年前に遡る。
はじめて会ったとき、ルグレアは突然公爵家の嫡子となった教養のない若者で、ジャフィーは魔術学院を跳び級かつ首席で卒業した天才だった。
ルグレアは公爵家の落し胤だったが、自分の生まれを知らぬままに市井で育ち、戦闘に特化した魔術の才能を開花させて軍に入ってその心身を鍛えていた──その矢先、公爵家の息子達が事故で死に、あれよあれよという間に公爵家へと迎え入れられた。
ジャフィーは侯爵家の跡取り息子で、魔術学院で天賦の才を開花させながらも、帝国の泥濘に適応し、同年代の若い貴族たちと、退屈で堕落した日々を送っていた。
そんなふたりは、あの日、ルグレアにとっては貴族社会へのお披露目でもあった夜会で出会った。
帝国の腐臭がどろりと甘く香るような夜──そのすべてを吹き飛ばすように強烈な血の香りとともに、鮮やかすぎる炎が舞った。
被害者は、ルグレアの生まれを論い、その胸元に葡萄酒をぶちまけて、無造作に肩をつかもうとした男だった。
『おっと。手が滑った。……構わないよな? 血にも汚れにも慣れているだろう?』
馬鹿にしたような半笑いが、漣のように広がっていく。貴族の若者は身内意識が強く、異分子に厳しい。彼らにとってルグレアは、這い蹲って許しを請えばどうにか仲間に入れてやってもいい、その程度の存在にすぎなかった。ルグレアが公爵家の正式な嫡子であることを思えば、その見識のほうがおかしいのだとしても、だ。ルグレアは男を冷たく一瞥し、それから、ひどく無造作に剣を振るった。
『ああ、そうだな。だから、』
欠片の躊躇いもない一閃だった。
『手が滑っても、問題ないよ。こっちもな』
その剣の動きが速すぎて、斬られた男は、何が起きたのか理解できなかったようだった。痛みより先に、恐らく、噴き出した血が男の目に入り──『腕が、腕が!?』の半狂乱の悲鳴の中、男の片腕が血を撒き散らしながら宙を舞い、次いで発生した炎によって消し炭に……なる直前で炎がかき消えて、男の指先だけがちりっと焦げた。
当然、夜会は一気に恐慌状態に陥って、ルグレアの『やべっ』の呟きはかき消された(後から聞いたところによれば、ルグレアの行為は『初手で舐められたら終わりだ』という破落戸らしい判断による『若気の至り』であり、同時に、これだけの規模の夜会だから当然治療できる魔術師も居るはずとの計算もあったということだが、それでも少し焦りはしたのだろう)。そして、実情がどうであったかとは関係なく──そのときのジャフィーには、ルグレアは、恐慌に陥る周囲などまるで気にしないまま、超然と佇んでいるみたいに見えた。
そんなルグレアを見て──ルグレアに腕を吹き飛ばされた男を治療しながら、酔いも濁りもすっかり覚めて、ジャフィーは、生まれ変わったような心地がしていたのだ。
なにかが変わる予感がした。ぞくぞくした。
この男が、すべてを変えてくれると思った。
他の全てに霞がかかって、もう、彼しか目に入らなかった。
そして、その予感のとおりに──五年後、ジャフィーとルグレアは、ジェレニア帝国の悪趣味な王宮を、ふたりで火の海に変えていた。
ジェレニアは元々、フィード大陸のほぼ中央に位置する、雑多な諸国のうちひとつに過ぎなかった。けれども、一人の偉大なる王が『大陸統一』を夢に見て、版図を広げ、広大な大陸のほぼすべて──長い歴史を持つ北と西の二国、ログーナ王国と聖アレルス王国とを除き、南は海まで、東は無人の砂漠までを領土とし──ついに二国にのみ手が届かずに、志半ばで病に倒れた。
そうして、後には、巨大なだけの『ジェレニア帝国』が遺された。
各地で反乱が起きたり、かつて国だったいくつかが『自治領』となったり。そういうことを繰り返しつつ、ジェレニア帝国は、各地の富を順調に吸い上げて大きく膨れた。そうして長い時が経ち──偉大な王の志を忘れた王家とその取り巻きの貴族たちは、当たり前のように腐り切っていった。
無能な王が数代続き、民は飢え、貴族たちは権力闘争と享楽に耽った。首都では贅の限りが尽くされ、地方では民が暴動を起こし、派遣された軍がそれをどうにか鎮圧する。そういうことが長く続いた。
そういうことが普通になっていたジェレニア帝国を、ルグレアとジャフィーが二人で潰した。
ルグレアとジャフィーは、二人きりで王宮を制圧し、王とその側近を皆殺しにした。
無論、実行犯が二人であっただけで、計画自体は入念だった。
ルグレアは軍の出身で、かつ、妾腹ではあったが公爵家の嫡子で──遠く、王家の血を引いていた。ジャフィーは国立魔術院を跳び級で卒業した天才魔術師で、かつ、歴史ある侯爵家の嫡男で、貴族間に広い伝手を持っていた。
ルグレアは王家に不満を持つ軍上層部に働きかけ、ジャフィーは主に年若くまだ旨味を吸えていない貴族や、数少ない志あるものたちをひっそりと集めて、クーデターとその後の政権確立に向けた準備を整えていた。
結果として、体制派の貴族たちの粛清と、新政権の発足は、驚くほどスムーズに行われた。
ルグレアが新たな王となり、侯爵家の嫡子だったジャフィーは親を隠居させて家を継ぎ、ルグレアの第一の側近かつ筆頭魔術師となった。
ルグレアは国庫を開放して飢えた民を宥め、同時に、各地で起きていた暴動や、新たな王を侮って起きた紛争を、欠片の容赦もなく平定した。『一個師団を超える』とも言われるほどの戦闘能力を有した剣士のルグレアと、おおよそ使えない魔術はないジャフィーとがともに戦場に立てば、勝てない戦などあるはずがなかった。
そして今、ジェレニア帝国は、最も偉大であったときと同じ領土を有するに至った。
そのうえこれから──長い帝国歴史上はじめて生まれた、偉大なる王の志を継ぐ王により、帝国は、きっと『大陸統一』の悲願を遂げる。
少なくともジャフィーは、そうであることを信じていたし──出会ってから十年を経た今となってもジャフィーの目にはまだ、ルグレア以外のものが入ることはないのだった。
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