かみかくし
うろこ道
1
「ちーかこちゃん、迎えに来たよー!」
あたしは「はーい!」と声を張り上げて、そうめんつゆの入った硝子のうつわを卓袱台に手放した。
跳ねたつゆの飛沫を台ふきんで拭きながら、母が眉根を寄せた。
「まだご飯の途中じゃないの。先に行ってもらったら」
「一緒に行こうって約束しちゃたし。お腹空いたら出店で何か食べるよ。行ってきまーす」
今夜は夏祭りだった。
山を背にした神社の参道にはちょっとした出店が立ち、隣接している公園では盆踊り大会が開かれる。
小さい町の町内会主催なので大人の目もあり、この日ばかりは夜遅くなっても大丈夫だった。イベントの少ない田舎町だったので、あたしはこの夏祭りをすごく楽しみにしていた。
玄関の引き戸を勢いよく開けると、浴衣姿の
「あれ千加子ちゃん、浴衣じゃないの?」
「暑いし歩きにくいんだもん」
わたしひとり浴衣なんて恥ずかしい、と訴える夕美ちゃんの手を引っぱり、表へ駆け出した。
あたしたちは同じ集落の幼馴染で、物心ついたときから一緒に遊んでいる。夕美ちゃんは中学受験をするので来年からは学校が別々になるのだ。
小学生の最後の夏を、あたしたちは惜しむように過ごしていた。
時間はまだ夕方の五時で、空は明るかった。
道には灯りの入った提灯が連なり、浴衣やうちわを持った人たちがそぞろ歩いている。いつもと違う雰囲気に、わくわくと気持ちが浮き立った。
「千加子ちゃん。盆踊り、六時半からだって」
「まだ時間あるから何か食べよう」
あたしたちはお喋りをしながら神社に向かった。スピーカーから流れるお囃子の音が近づいてきて、人も多くなってくる。
神社へ続く参道は様相を一変していた。いつもなら薄暗く静まり返っているのに、色とりどりの提灯で明々と照らされ、出店が並んでいた。焼鳥、フランクフルト、わたあめ、籤引き……。何を買おうか胸を高鳴らせていると、声をかけられた。
「千加ちゃん、夕ちゃん、いらっしゃい! 大盛りにしてやるよ」
同級生のパパが大きな鉄板で焼きそばを焼いていた。
法被姿にねじり鉢巻き。知ってる大人たちがいつもと違う恰好なのがなんだかすごく面白かった。
あたしは焼きそばとかき氷を、夕美ちゃんはかき氷だけを買って神社へ向かった。盆踊り会場の公園はすごく混むので、あたしたちはいつも神社の境内で腹ごなしをするのだ。
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