モノマニア

@umai120

第1話

 キリスト教において人を死に至らしめる七つの欲望とされる「七つの大罪」の一つに「強欲」がある。

 これは言葉の通り自分の欲望のまま満たそうとするさまのことであるが、人類の大半は強欲な人間だろう。

 かく言う私道明寺守もかなりの強欲人間だ。

 幼少期から欲しい物を親に強請り、時には祖母のへそくりをくすねて買ってしまう程であった。

 学生時代はアルバイト代で稼いだ賃金を欲望のまま買っていた。

 ゲーム、時代遅れの電子機器、ぬいぐるみや得体のしれない物など。

 どうせロクに使いもしない癖に一度欲しいと思った物は血眼になって探し手に入れていた。

 その買った物も社会人で独り立ちする際に親の説得により全て捨ててしまった。

 無駄な物だったとその際には心に染みたが人は学ばないものだ。

 一人暮らしになったことでストッパーが無くなり、これまで避けてきた大き目な物にまで手を出した。

 結局実家にいた時よりも縦横無尽に散らばっている。

 何とか寝るスペースがあるがいつかここも物の雑踏に飲み込まれるだろう。

 そんな私だが喉から手が出るほど欲しい物があった。

 この6畳部屋の大半を占めている壺だ。

 かの有名な陶芸家伊藤明道により作成された貴重な物である。

 5年前友人の付き添いで行った美術館にて彼の作品を見た時一目惚れしてしまった。

 それまであまり美術品には興味がなかった。

 しかし、彼の作品から放たれるオーラが脳裏に焼き付いてしまった。

 そしていつか何としてでも所有したいと心に誓っていた。

 さて、そんなある日。

 いつも通り日課のネットオークションを物色していると彼の作品が出品されていた。

 説明には昔知人より譲り受けたと書いてある。

 流石に美術館で見た壺とは異なっているが同じぐらい素晴らしい。

 終了までまだ期間がある為仕事中や寝る前など終始オークションアプリで経過観察をした。

 残り1日の時入札が入ってしまい焦った私は1万円多く入札。

 即刻更新されムキになった私はその後も抜きつ抜かれつのデットヒートを繰り返した。

 何とか落札できたがまさかの直接引き取りという事実が発覚。

 流石に自分のみで自宅まで運ぶのは厳しいと思った為配送業者に依頼した。

 その際の見積を含め結局家賃2か月分の費用が掛かったがこの際どうしようもない。

 半ば諦めと後悔の念を感じながら依頼をし3日後の昼頃に配達員がチャイムを鳴らした。

 いそいそと応待する。

「道明寺さんのお宅でしょうか?依頼されていた荷物をお届けに参りました。」

 私より若くハキハキと話す配達員に少し萎縮しながら事前に準備した置き場所を指定した。

 下に待機していたベテランであろう中年男性と共に少しずつ運んできた。

 その欲しかったブツは自分の皮算用よりかなり大きくそして重さがあり二人の苦しみがヒシヒシと伝わってくる。

 また、玄関に台所がある間取りの為人が横にならないと通れない狭い廊下となっている。

 それゆえ少し歩いてはガスコンロやごみ箱に衝突し見ているだけでも痛そうだ。

 私は早くも罪悪感を感じ後悔の念を感じざるを得なかった。

 何とか配置してもらった後、部屋から私一人になった時なお一層圧迫感と迫力を感じた。

 目の前に鎮座しているこれが追い求めていた幻想。

 夢は夢のままの方が良い。

 そう思いたく無いがキッチンのコバエの様に湧き出る思いは消えない。

 とりあえず目の前に鎮座している壺をまじまじと観察。

 発想と計算が入り混じっている造形。

 ガラスの様に艶があり複雑で言い現わせられない色合い。

 その存在感はこの乱雑な部屋においても一際オーラを放っている。

「やっぱり買ってよかったな。」

 私は一言呟く。

 その後しばらくは日々の生活を過ごす中で時々明らかに不自然な壺を見て感傷に浸っていた。

 また、世界で流行っている感染症によってリモートワーク中心となりだんだんと壺を見る回数が増えてきた。

 見るたびに美しいと思う反面、やはり大きな巨体が1日中鎮座しているのにはウンザリする。

 出社していた時には帰宅時のちょっとした散歩や同業者とのコミニュケーション等で心のケアとなっていた。

 今はこの狭く息苦しい家で仕事と生きる為の生活しかしていない。

 そんなモヤッとしたストレスが積もるにつれあんだけ夢見ていた壺が忌々しいものになっていた。

「こんなもの買わなきゃよかった。」

 私ははっとなった。

 駄目だそんなこと思ってはいけない。

 あれほど欲しがっていた伊藤明道の作品の物だ。

 ここにある混沌より素晴らしくそして価値のある物に違いない。

 私はこの確証が欲しく有名な鑑定士にいくつかの写真を送り本物であるかの鑑定を依頼をした。

 数日後鑑定士から恐らく本物の伊藤明道の壺であると鑑定結果が送られてきた。

 想定価格100万はくだらないとのこと。

 実際に見てみたいと言われたが戦後の闇市の様な部屋に来て頂くには申し訳ないと思い無視した。

 私はこの結果を聞き安堵し再度部屋を見渡した。

 壺以外の物は邪悪なオーラを払っており嫌悪感を感じる。

 私は周りの雑踏を片付けなければならないと思いすぐ行動した。

 まず足元にある飲み終わったペットボトルや良く分からないゴミを袋にぶち込む。

 すぐに外のゴミ収集場に出し気持ちが少し晴れた。

 その日から絶えず捨てていった。

 どうせ読まない本、昔集めていたコレクションを紙袋にまとめリサイクルショップへ出した。

 二束三文になったがどうせ捨てるものだからこれで良い。

 「断捨離する人の気持ちが分からなかったけど今なら良く分かるなぁ。」

 私はウキウキしながらゴミ袋を生産する。

 部屋がどんどんと開き壺の存在感も増す。

 今までは混沌により影を潜めていたオーラが発揮してきたと身で感じる。

「やはり素晴らしい。どんなものよりも魅力的で価値のあるものだ。」

 驚嘆が声に出てしまう。

 そしてより一層断捨離を進めてついには下着以外すべて捨てた。

 冷蔵庫、ベットなどの家電や趣味のパソコン、ゲーム、カメラ。

 ポスターや自慰グッズなど。

 壺と服以外はすべていらないと思い我武者羅に捨てていった。

 仕事も考えるだけ無駄なものと決めつけ無断欠勤して関係する物は全て売ってやった。

 そして私の前には傷だらけのフローリングと壁で出来ているがらんとした部屋と真ん中にどっしりと壺が佇んでいる。

 このようになるまでいくつ日が沈み昇ったのだろうか。

 時間を確認する物も無い為分からないが今の私にはどうでもよい。

「この壺さえあれば俺はいいんだ。他の物は何もいらない。」

 私は何日も身を清めていない下着姿で壺を抱きしめた。

 あれからまた時が過ぎた。

 目を覚まし周りを見渡す。

 部屋には埃が床に積もり蜘蛛の巣も出来ている。

 郵便受けには黄色や赤等色とりどりの封筒がぶち込まれている。

 壺の周りには私が寝ていた姿にシミができ得体のしれない虫も湧いている。

 肉がついていた私の体もやせこけ、飢えを感じ苦しい。

 私は考えた。

 なぜこんなものにこの身を差し出したのか。

 命も籠っていないただの物なのに。

 いやこれは鑑定士もわざわざ見に訪れたいと思う素晴らしい壺だ。

 今更何を考えているのか。

 私はこの壺以外何もいらない。

 この壺と共に人生を過ごせる事が幸せなのだ。

 脳内に薄暗いグレーの靄がかかる中そう確信した。

 ふと私は壺を見て中を覗いた。

 中は暗闇が広がり静寂に包まれている。

 私は考えることもなく本能的に中に入った。

 壺のヒヤリとした硬い感触と静寂が世の中と隔てるシェルターの様でとても心地よい。

 そのまま私は幸福感に満たされながら深い眠りについた。

 その後時が経ち何かが割れる音がした。

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