混じり合う2人

第2話 1

あの日は雨が降っていた。雨が降る日の朝は空がどんよりとして気分が下がる。単純だと思いながらも重い体を起こすのが辛い。せっかくの土曜日なのに授業がある。そんなアホらしい学校に入ってしまったことを後悔するのに時間はそんなに要さなかった。

電車は1時間に1本しか来ない。だからその電車に何がなんでも乗らなければならない。無駄に空調が効いて肌寒い土曜日の電車は他学校のスポーツ部と私たちの学校の生徒しかいない。もちろん特進コースのみ。コース差別もいい加減にしてほしいものだと改めて感じる。土曜授業は午前のみのため電車を1時間待って自分の街に帰る。今日は1日中雨だ。蒸し蒸しとして肌に付き纏う不快感を感じながら歩いて家に迎う。

いまだにお酒の自販機もタバコの自販機も残っているこの街はまるで時代に取り残されている。


その時だった。彼がいた。痛々しい傷を顔につけて。まるで雨で全てを流そうとしているかのように雨の中立っている。

つい、見つめてしまった、こんなことは言いたくない。でも思ってしまった。

美しいと。


「ねぇ、お前白菊高校?」

「うん」

「特進?」

「うん」


彼は私に気がつくと私の傘に勝手に入ってくる。強引。私のテリトリーにズカズカと入り込んでくる。荒波のように私の空を侵食しようとする。


「名前は?」

「音山空」

「俺は鈴川海。空と海だな」


そう言って微笑む彼の顔は悲しそうでまるで降っている雨に流されていきそうなほど小さく軽く見えた。


「殴られたの?」

「いや、転んだ」


嘘だ。殴られたんだ。それも一方的に。手には傷がない。それしか分からない。でも殴られたのだという確信だけが心に残る。


「誰に?」


そう尋ねると呆れたように息を吐く。雨によって冷やされた空気は彼の息を白く染めた気がした。雲のようだと幼少期に思っていたことを不意に思い出す。見えない白い、柔らかな息はすぐにどこにいったか分からなくなる。


「父親?」


そう言うと彼はこちらを見つめる。始めて見る彼の本当の目。墨を垂らしたかのような真っ黒な瞳には警戒の色が見える。

彼の瞳に映る私の姿は大きくみえる。


「誰にも言うなよ」


そう吐き捨てるように言うと雨の中に消えていった。雨に濡れたコンクリートは空を反射する。反射した空を踏むように歩いていく彼の姿は荒波が去った後の穏やかな波のようだった。


その日は夜まで雨が続いて次の日の朝は雨に反射した光が私のことを見つめていた。

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空と海 チヨ @chiyo92

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