砕けたカラーコーン

紫野一歩

砕けたカラーコーン

 カラーコーンを見たことあるだろうか。プラスチックで出来た三角形のつるりとしたフォルムを持って立つあいつだ。

 そのカラーコーンが重なっているのを見たことはあるだろうか。

 中が空洞で、どんどん重ねる事が出来るのは、誰しも知っていることだろう。

 では、重なっているカラーコーンを見かけたら、決して触ってはいけないというのは知っているだろうか。


 私が高校生の時に、家の近くで工事が始まった。

 古い家屋が経っていた場所を更地にしてアパートを建てるらしく、かなりしっかり地面を掘っていた。詳しくは覚えていないけれど、半年から一年くらいは工事していたように思う。

 当然危ないので、周囲は立ち入り禁止。その禁止区域を示す為に、カラーコーンが並べられ、黄色と黒の棒がカラーコーンの頭に引っ掛けられた。

 そのおかげで私がいつも使う道路は三分の二くらいの広さになってしまい、車とすれ違うのに難儀した。はっきり言って邪魔だった。

 きっと、私以外の人も邪魔に思っていたに違いない。

 そう思うのは、ある日カラーコーンが一つ砕けていたのを見たからだ。誰かが蹴とばしたのか、車で引いたのか。

 私は殺人現場を見てしまったかのような居心地の悪さを感じて、そそくさとその場を離れたのを覚えている。学校から帰る頃には何事も無かったかのように新しいカラーコーンが立てられていた。

 しかしそれから、毎日の様にカラーコーンが壊されるようになった。

 家から現場まではとても近いので、夜中に一度「まただよ」とおじさんの悲しそうな声が聞こえたことがある。事故ではなく、誰かが意図的に壊しているのだ。

 しばらくして、カラーコーンが重ねられるようになった。

 それを見た時、何の意味があるのかと不思議に思った。重ねたところで所詮薄いプラスチック。それが二枚や三枚になろうが、壊されるのは同じ事のように思った。

 案の定、そのカラーコーンも壊されていた。

 しかし、いつもと違ったのは、全てのカラーコーンが壊されているわけでは無かったという事だ。砕かれたプラスチックの真ん中で、中身のカラーコーンが立ち続けている。

 それからというもの、重ねられたカラーコーンはずっと立ち続けていた。外側が砕かれた名残はあるものの、中身のカラーコーンが必ずその残骸の中に立っている。

 どうして外側のカラーコーンだけを壊すのだろう。

 好奇心に勝てなくなった私は、夜中にこっそり窓から工事現場を覗く。

 日付が変わった頃に、茶髪の男の人がやって来るのが見えた。そして思い切りカラーコーンを蹴とばした。

 思わず首を竦めるほど勢いよく蹴られたけれど、カラーコーンはびくともしなかった。何度かボコボコと蹴った後、茶髪の男は何処かへと行ってしまった。終ぞカラーコーンは、彼の攻撃で砕けるどころか、傷一つ付かなかったのである。

 ならばどうして毎朝砕けた残骸が転がっているのだろう、と疑問に思った私の目の前で、カラーコーンに変化があった。

 氷が炸裂するようなパキパキという小さな音。その音と共に、カラーコーンの欠片がぽろぽろと少しずつ剥がれて足元に溜まっていく。風が吹いているわけでも、地震が起こっているわけでもない。カラーコーンが一人でに、自分の表面を砕き剥がしている。

 ほんの、二三分の出来事だった。

 私はその光景を見て、ふと、弟の飼っていたザリガニを思い出す。

 どんどんと大きくなっていくザリガニの脱皮によく似ていた。


 翌日、私はメジャーを片手に工事現場に向かう。

 まさかとは思う。そんなはずは無いと思う。

 しかしやっぱり私は好奇心に勝てず、カラーコーンの大きさを測る。普通のカラーコーンの横幅、三十八センチ。

 砕けた破片が周りにあるカラーコーンの横幅、四十三センチ。

 念のため、二回測って見比べて、急に怖くなって私はその場を離れる。

 それ以降、私は通学路を変えた。

 夜中に工事現場の方を見るのもやめて、すぐに眠ることにした。


 弟のザリガニは去年の夏に死んでしまった。

 死因は炎天下に庭に置いていた水槽が茹るように熱くなってしまった事だ。

 何故そんな場所にザリガニを置いていたかというと、室内飼育の魚と共存出来なくなってしまったからだ。

 ザリガニがまだ小さな頃は、一緒に飼育していても何ら問題は無かった。魚から隠れるように静かにしていたザリガニは、たまに落ちて来るスルメを拾ってひっそりと生きていた。しかし、脱皮を繰り返すうちに大きくなったザリガニは、とうとう一緒に飼っている魚を襲うようになる。一匹食べられているのを見た時に、ザリガニを隔離することに決めた。

 脱皮を重ねるごとに大きく凶暴になっていったザリガニは、次第に手が付けられなくなり、最後には庭の水槽で一匹だけで飼育するに至ったのである。

 徐々に大きくなっていったザリガニが、共存の臨界点を超えるまで、私も弟もお母さんも、それに気付かなかった。大事にしていた魚が食べられて初めて、もう取り返しのつかないところまで成長したのに気付いたのである。


 一度だけ、工事現場の警備員さんに話をした。

「カラーコーン、大きくなってませんか?」

 その時の警備員さんの目が、木の洞のように真っ黒だったことが、頭から離れない。

「そんなこと、あるはずないでしょう」

 その日からどれくらい経ったか、ある夜中に男の人の悲鳴が聞こえたような気がした。夢現を漂っていたので、私の気のせいかもしれない。

 工事が無事終わった事だけは確かである。


 この話を何故今になって書く気になったのか、少しだけ話しておく。

 東京都内の某所にあるカラーコーンが砕けていたのを見かけたからだ。

 砕けた残骸に埋もれて、赤いカラーコーンが立っていた。

 もし悪戯している人がこの文章を読んでくれていたら嬉しい。間に合うかはわからないけれど。

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